FC2ブログ

プリティ中野の一問入魂

元大学受験ラジオ講座講師プリティ中野が医学部・難関大受験生に贈るエール

山本兼一、君がいたからこの人たちと再会できた。友あり遠方より来る、また楽しからずや  

DSC_2239.jpg
山本兼一の遺作長編『修羅走る 関ヶ原』


医学部&名門難関大受験St.メプレスのホームページ

1415289037173.jpg

セント・メプレスのプリティ中野です。

このすぐ下の大学受験(指導・勉強法)と書いてある

白いボタンにポチっとワン・クリックしていただけると

とても嬉しいです!


にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(指導・勉強法)へ
にほんブログ村  

過日、同志社の文学研究会時代の友人である

杉浦達昌君と中村和雄君が連れだって会いに来てくれた。

今年2月の山本兼一の葬儀以来の再会である。

杉浦は大阪から、中村は岐阜からだから

名古屋の僕から見てそれほど遠方ではないといえばそれまでだが

物理的距離以上に、

平素それぞれが世の生業に忙殺されている間隙を縫って会いに来てくれたことが

「友あり遠方より来る、また楽しからずや」というタイトルが

私にとってはふさわしいと思える所以である。

10346601_1519898734959953_5012063308116217894_n.jpg
行政書士の杉浦君(中央) 名古屋市役所の中村君(右)

やっぱりいいものである。

若いころの(もちろん、今でも十分若いのだけれど)空気が甦り

失われた時のかなたにスリップするのである。

元気でいてくれるのが何よりだ。


天国の山本兼一に乾杯!






プリティ中野の書評 山本兼一著『信長死すべし』

山本兼一は僕の同志社文学研究会時代の仲間である。
今年の2月13日、僕の誕生日に彼は肺がんで他界した。
最後の原稿を中央公論の編集者に送稿した5時間半後に息を引き取ったのだった。
彼は骨太の歴史小説をいくつも遺していった。
まだ生き残っている僕は彼の作品を語り続けたい。
セント・メプレス発足時に推薦文を書いてくれた恩義に応えるためにも。


歴史上の事実を透視して

隠れているその真実を虚構の中に抉り出すという

歴史文学の生命線が骨太に貫かれている力作である。

本能寺の変の要因には諸説あるが、光秀が信長を討ったという事実は動かない。

ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら

歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

その悦びを共有する一人として

まだ手にしておられない全ての方に本作を薦めるものである。


120720_1051~01

山本兼一からいただいた推薦文

中野俊一氏は、わたしの同志社大学時代の先輩である。
わたしと中野氏は大学の文学研究会に所属していた。
わたしが二年になったとき中野氏は、その会の会長になった。
文学研究会は、学術団体でありながら、無頼を気取る輩が多かった。
そんななかにあって、中野氏はめずらしく情熱と責任感にあふれた人材であった。
だからこそ、自尊心の高い会員たちから請われて会長に就任したのである。
そんな中野氏がこのたび新しく塾を開くという。
その名はセント・メプレス。
中野氏が開く塾ならば、さぞや熱気にあふれ、
塾生は激しく切磋琢磨されることであろう。そう信じてやまない。

yamamoto.jpg
在りし日の山本兼一



あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉



にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(指導・勉強法)へ
にほんブログ村  あなたのワン・クリックが私の元気の源です!よろしくお願いします。

医学部受験生に贈る!
未来の医師養成講座
愛知医科大学理事長三宅養三先生からご推薦をいただきました。


講師:吉田統彦(つねひこ)先生




東海高校を経て名古屋大学医学部、同大学院卒業。
米国ジョンズ・ホプキンス大学ウィルマー・アイ・インスティテュートにて勤務。
眼科医。医学博士。愛知医科大学医学部客員教授。昭和大学医学部客員教授。
名古屋大学医学部非常勤講師。名古屋医療センター非常勤医師。前衆議院議員。

講義内容/日米の医療の比較を通じて、現代日本の医療問題を、毎回テーマを変えながら鋭くえぐりだし、医師をめざす受験生の使命感を、インテリジェントにそしてパッショネートに鼓舞します。このコースはまた医学部入試の面接試験での発言能力や小論文の背景知識を涵養することにも力を注ぎます。

2015年全9回コース
(4月~12月につき毎月1回/すべて月曜日20:30~21:50)

クリック⇒吉田統彦先生の未来の医師養成講座
  1. 2014/12/27(土) 00:00:01|
  2. 山本兼一
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

書評:おれは清麿

医学部&名門難関大受験St.メプレスのホームページ

1401670971269.jpg

おはようワン!もしくはこんにちワン!はたまたこんばんワン!

このすぐ下の大学受験(指導・勉強法)と書いてある

白いボタンにポチっとワン!クリックしてもらえると

よろこぶワン!


にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(指導・勉強法)へ
にほんブログ村  

プリティ中野の書評 山本兼一著『おれは清麿』

全編通して登場人物の悲しみや辛さは

淡々と抑制された筆致で描写されているにもかかわらず、

清麿の滾るような熱い思いが読了と同時に私の心を深々と貫いた。

貫かれるとともに胃の腑に焼けるような熱さを感じたが、

それは手にしたこの一冊があたかも清麿作の名刀と化して

その渾身の覇気を私の腸に突き刺したかのようだった。

読み進むにつれて、山本兼一が憑依して蘇らせた清麿の悲しいほどに妥協のない生きざまは、

幕末に向けて密度を増す空気、加速していく時代の風、西洋化近代化に伴う日本刀の衰退の兆し、

そしてそれが象徴する日本の伝統文化の退潮の予感を背景として、

それ自体、彼が追求した究極の刀であるかのように私の胸に迫ってきた。

清麿が刀に傾けた精魂は、

やがて表舞台から静かに消えてゆく者を愛しみ惜しむかのようでもある。

それは同時に山本の歴史観、日本観の断面の一つでもあるのだろう。

臨場感あふれる鍛冶場そして鉄(かね)の鍛錬の描写を支えているのは

ディテールへの山本のこだわりであり、

そのこだわりは取りも直さず逆に山本に憑依した清麿の執念でもある。

優れた歴史小説は、歴史上の人物が、時空を超えて作家に創作の霊感を送り続け、

そのペンを走らせているのではないか、と読者に思わせるほどの迫真力をもつものだが、

山本のこの一作も例外ではない。

清麿、刀、そして彼の人生を彩った女たちと対話できて僕は幸せだった。

作者にありがとうと言いたい。

と同時に、情熱がどれほど人を成長させるかを知る格好の一冊だから

やや熱に欠けると自覚する受験生にぜひ一読を薦めたい。

R0014577.jpg




プリティ中野の書評 山本兼一著『信長死すべし』

山本兼一は僕の同志社文学研究会時代の仲間である。
今年の2月13日、僕の誕生日に彼は肺がんで他界した。
最後の原稿を中央公論の編集者に送稿した5時間半後に息を引き取ったのだった。
彼は骨太の歴史小説をいくつも遺していった。
まだ生き残っている僕は彼の作品を語り続けたい。
セント・メプレス発足時に推薦文を書いてくれた恩義に応えるためにも。


歴史上の事実を透視して

隠れているその真実を虚構の中に抉り出すという

歴史文学の生命線が骨太に貫かれている力作である。

本能寺の変の要因には諸説あるが、光秀が信長を討ったという事実は動かない。

ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら

歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

その悦びを共有する一人として

まだ手にしておられない全ての方に本作を薦めるものである。


120720_1051~01

山本兼一からいただいた推薦文

中野俊一氏は、わたしの同志社大学時代の先輩である。
わたしと中野氏は大学の文学研究会に所属していた。
わたしが二年になったとき中野氏は、その会の会長になった。
文学研究会は、学術団体でありながら、無頼を気取る輩が多かった。
そんななかにあって、中野氏はめずらしく情熱と責任感にあふれた人材であった。
だからこそ、自尊心の高い会員たちから請われて会長に就任したのである。
そんな中野氏がこのたび新しく塾を開くという。
その名はセント・メプレス。
中野氏が開く塾ならば、さぞや熱気にあふれ、
塾生は激しく切磋琢磨されることであろう。そう信じてやまない。

yamamoto.jpg
在りし日の山本兼一



あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉



にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(指導・勉強法)へ
にほんブログ村  あなたのワン・クリックが私の元気の源です!よろしくお願いします。

医学部受験生に贈る!
メディカル・レクチャー
愛知医科大学理事長三宅養三先生からご推薦をいただきました。


講師:吉田統彦(つねひこ)先生




東海高校を経て名古屋大学医学部、同大学院卒業。
米国ジョンズ・ホプキンス大学ウィルマー・アイ・インスティテュートにて勤務。
眼科医。医学博士。愛知医科大学医学部客員教授。昭和大学医学部客員教授。
名古屋大学医学部非常勤講師。名古屋医療センター非常勤医師。前衆議院議員。


講義内容/日米の医療の比較を通じて、現代日本の医療問題を、
毎回テーマを変えながら鋭くえぐりだし、
医学部をめざす君の使命感を、インテリジェントにそしてパッショネートに鼓舞します。
このコースはまた
医学部入試の面接試験や小論文の背景知識を涵養する上で最高の対策となります。
講義の中では本場仕込みの医療系の英語や、
数学や理科のワンポイント・レッスンが飛び出すかもしれません。乞う、ご期待!

全9回コース(4月~12月につき毎月1回/すべて月曜日20:30~21:50)
     
     第5回 8月4日


対象:医学部受験生(セント・メプレス生に限る)

詳細はセントメプレスまでお問い合わせください。
052‐733‐3234


各回のテーマ

1:日本の医療と世界の医療<アメリカの医療との比較を中心に>・・・終了
2:日本の医療の水準と医師数、新設医大も含め・・・終了
3:日本の予防医療とワクチン政策・・・終了
4:医薬品・医療機器産業の現状と医療イノベーション・・・終了
次回⇒5:私の経験した海外医療ボランティアとメディカルツーリズムを考える
6:日本の科学技術政策その1<再生医療の実態と展望を中心に>
7:日本の科学技術政策その2<先端医療と抗加齢医学の実際>
8:日本の医療の諸課題、医療と政治
9:日本の医療の課題と展望~今までの総括も含め~



  1. 2014/07/19(土) 00:00:01|
  2. 山本兼一
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

畏友山本兼一が逝って5ヵ月が経った。

医学部&名門難関大受験St.メプレスのホームページ

1401670971269.jpg

おはようワン!もしくはこんにちワン!はたまたこんばんワン!

このすぐ下の大学受験(指導・勉強法)と書いてある

白いボタンにポチっとワン!クリックしてもらえると

よろこぶワン!


にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(指導・勉強法)へ
にほんブログ村  


mini_140216_1149.jpg

京都へ向かうのぞみから見た

2014年2月16日の伊吹山は

どっしりとした質感を漂わせていて

山本兼一が腰を据えて創作に取り組んだ時の

その魂の山容のようにも思われた。

この3日前の13日午前3時42分に

山本は京都市内の病院で

原発性左上葉肺腺癌により他界したのだった。

f6bee36df2530ab8858e62_L__V141882720_SX200_ - コピー


上が遺影に用いられた写真である。

喪主を務められた奥様のお話では

2月に入って酸素吸入マスクを装着するようになってからも

山本は病床で身を起こし

愛用のパソコンに向かって創作を続けたそうだ。

12日には原稿用紙30枚分の原稿をファクスで中央公論の担当編集者に送信した。

ファクス受信時刻は午後10時6分。

亡くなる約5時間半前のことだった。


小説を読むのは楽しい。

しかし、小説を書くのはもっと楽しい。



それが口癖だった山本らしい最後の日々。


mini_140216_14180001.jpg

山本兼一とは同志社大学の文学研究会で知り合った。

もう38年も前のことだ。

彼は1年後輩で、垂れ目で丸顔で笑うととっても愛嬌があった。

そしてよく笑った。

同志社EVE(学園祭)に文学研究会主催で作家を招いて

講演会を開こうということになり、

会長だった僕は埴谷雄高、吉本隆明、大江健三郎、小野十三郎、

開高健、五木寛之、野坂昭如、遠藤周作、筒井康隆・・・

に片っ端からコンタクトをとったが

交通費込の予算5万では誰も来てくれない。

そりゃそうだ。

そこで交通費がかからない地元京都在住の作家をということになり、

瀬戸内晴美あらため瀬戸内寂聴に照準を合わせたのだった。

ところが困ったことに彼女の作品を僕は読んだことがなかった。

文学研究会の誰一人読んだことがなかった。

ならば読めばよいではないかと今の僕なら思うわけだが、

当時の僕はそんな風には考えないほど浮世離れしていた。

山本も同じだった。

寂聴さんの作品の新聞広告のフレーズだけ見て、

嵯峨野は化野念仏寺のすぐそばにある彼女の家~寂庵を

二人でアポなし訪問したのだった。

寂聴さんはブルガリアに旅行中だった。

お手伝いさんに用件だけ伝えて1週間後に山本と二人で電話した。

あれはどこの電話ボックスだったろう。

百万遍の交差点脇だったか。

元田中の僕の下宿の共用電話だったか。

さすがに寂聴さんの肉声を受話器の向こうに聴いたとき、

山本も僕もそうとう緊張したのだった。

ところでどんな話が聞きたいのと問われた時、

緊張はマックスに達した。

作品を読んだことがないわけだからまともに答えられるわけがない。

しどろもどろになった時にひらめいたのが、

新聞広告で見た「女の性(さが)」だった。

「えー、その、なんというか女の性についてうかがいたいのですが・・・」

「・・・」

「女の業でもいいのですが…」

「あんた、わたしの本読んでないでしょ!」

不思議なことにこの場面、

僕と山本の記憶はほぼ一致しているのだが、

肝心なところで食い違っていた。

女の性云々を言ったのは、

二人とも自分自身だと記憶しているのである。

僕らは段落ごとにかわりばんこで受話器を握っていたのだった。

いずれにしても

「ま、いいわ。同志社は庭みたいなもんだから行ってあげるわ」

とため息交じりにつぶやいた時の寂聴さんは

きっと呆れた顔をしていたに違いない。

かくして1976年の同志社EVEで

瀬戸内寂聴さんの講演会が文学研究会主催で開かれたのだった。

タイトルは『嵯峨野雑感』だったが、

話の中身は、嵯峨野とは縁もゆかりもない岡本かの子の半生記だった。

今にして思えばあれは寂聴さん一流の洒落だったのだ。

僕だか山本だかよくわからなくなってしまったが、

まぎれもなくどちらかが言って寂聴さんを閉口させたあの一言

「女の性(さが)」からの連想だったに違いない。

つまり『嵯峨野雑感』は『性(さが)の雑感』。

さすが寂聴先生である。



こんな思い出話を肴に山本と杯を重ねたかったのだ。

あの一言、「女の性」を発語したのはどっちだったのか、

記憶の迷路を二人でまた歩いてみたかった。



いや、いずれ、歩いてみよう。

学生時代に戻って

健康のことなど微塵も気にせず

浴びるように呑みながら。



そんなことを思いながら出棺を見送った。

少なくとも400人以上はいた弔問客が

喪主のごあいさつに感動したその余韻にひたってか

なかなか帰路につこうとしなかった時

僕のガラパゴス携帯が振動した。

出てみると塾生のTT君。

6浪の彼は去年から私の塾に通っているのだ。

「先生!」

声が上ずっている。

「岩手、繰上合格来ました!」

Iwate-Medical-Univ-Uchimaru-2013080401.jpg
岩手医科大学


出棺の直後。

今年に入ってから

僕の意識が受験から一番遠ざかった瞬間を

まるで狙いすましたかのように

待ちに待った吉報が届くなんて

まさか山本、

これって君の演出なのか?



などと思ったりしたあの日から早5ヵ月。

山本は天上でやはりパソコンに向かっているのだろうか?

高山右近を書いてみてくれないか、と頼んだ時

彼は苦笑いしていたが

ぼちぼち取材に取り掛かってくれていたらいいが。


山本は僕がセント・メプレスを立ち上げる時に

推薦文を書いてくれた。

その恩義に少しでも報いるために

僕は山本作品の素晴らしさを

ことあるごとに訴え続けようと思う。



山本兼一からいただいた推薦文

中野俊一氏は、わたしの同志社大学時代の先輩である。
わたしと中野氏は大学の文学研究会に所属していた。
わたしが二年になったとき中野氏は、その会の会長になった。
文学研究会は、学術団体でありながら、無頼を気取る輩が多かった。
そんななかにあって、中野氏はめずらしく情熱と責任感にあふれた人材であった。
だからこそ、自尊心の高い会員たちから請われて会長に就任したのである。
そんな中野氏がこのたび新しく塾を開くという。
その名はセント・メプレス。
中野氏が開く塾ならば、さぞや熱気にあふれ、
塾生は激しく切磋琢磨されることであろう。そう信じてやまない。

yamamoto.jpg




プリティ中野の書評 山本兼一著『信長死すべし』

山本兼一は僕の同志社文学研究会時代の仲間である。
今年の2月13日、僕の誕生日に彼は肺がんで他界した。
最後の原稿を中央公論の編集者に送稿した5時間半後に息を引き取ったのだった。
彼は骨太の歴史小説をいくつも遺していった。
まだ生き残っている僕は彼の作品を語り続けたい。
セント・メプレス発足時に推薦文を書いてくれた恩義に応えるためにも。


歴史上の事実を透視して

隠れているその真実を虚構の中に抉り出すという

歴史文学の生命線が骨太に貫かれている力作である。

本能寺の変の要因には諸説あるが、光秀が信長を討ったという事実は動かない。

ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら

歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

その悦びを共有する一人として

まだ手にしておられない全ての方に本作を薦めるものである。


120720_1051~01




あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉


にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(指導・勉強法)へ
にほんブログ村  あなたのワン・クリックが私の元気の源です!よろしくお願いします。


医学部受験生に贈る!
メディカル・レクチャー
愛知医科大学理事長三宅養三先生からご推薦をいただきました。


講師:吉田統彦(つねひこ)先生




東海高校を経て名古屋大学医学部、同大学院卒業。
米国ジョンズ・ホプキンス大学ウィルマー・アイ・インスティテュートにて勤務。
眼科医。医学博士。愛知医科大学医学部客員教授。昭和大学医学部客員教授。
名古屋大学医学部非常勤講師。名古屋医療センター非常勤医師。前衆議院議員。


講義内容/日米の医療の比較を通じて、現代日本の医療問題を、
毎回テーマを変えながら鋭くえぐりだし、
医学部をめざす君の使命感を、インテリジェントにそしてパッショネートに鼓舞します。
このコースはまた
医学部入試の面接試験や小論文の背景知識を涵養する上で最高の対策となります。
講義の中では本場仕込みの医療系の英語や、
数学や理科のワンポイント・レッスンが飛び出すかもしれません。乞う、ご期待!

全9回コース(4月~12月につき毎月1回/すべて月曜日20:30~21:50)
     
     第4回 7月14日


対象:医学部受験生(セント・メプレス生に限る)

詳細はセントメプレスまでお問い合わせください。
052‐733‐3234



各回のテーマ

1:日本の医療と世界の医療<アメリカの医療との比較を中心に>・・・終了
2:日本の医療の水準と医師数、新設医大も含め・・・終了
3:日本の予防医療とワクチン政策・・・終了
次回⇒4:医薬品・医療機器産業の現状と医療イノベーション
5:私の経験した海外医療ボランティアとメディカルツーリズムを考える
6:日本の科学技術政策その1<再生医療の実態と展望を中心に>
7:日本の科学技術政策その2<先端医療と抗加齢医学の実際>
8:日本の医療の諸課題、医療と政治
9:日本の医療の課題と展望~今までの総括も含め~
  1. 2014/07/13(日) 00:00:01|
  2. 山本兼一
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

山本兼一を見送る。そして岩手医科繰上合格!

医学部&名門難関大受験St.メプレスのホームページ

にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(指導・勉強法)へ
にほんブログ村  あなたのワン・クリックが私の元気の源です!よろしくお願いします。



mini_140216_1149.jpg

山本兼一を見送るために乗ったのぞみから見た伊吹山は

どっしりとした質感を漂わせていて

山本が腰を据えて創作に取り組んだ時の

その魂の山容のようにも思われた。


f6bee36df2530ab8858e62_L__V141882720_SX200_ - コピー


上が遺影に用いられた写真である。

喪主を務められた奥様のお話では

この2月に入って酸素吸入マスクを装着するようになってからも

山本は病床で身を起こし

愛用のパソコンに向かって創作を続けたそうだ。


小説を読むのは楽しい。

しかし、小説を書くのはもっと楽しい。



それが口癖だった山本らしい最後の日々。


mini_140216_14180001.jpg

山本兼一とは同志社大学の文学研究会で知り合った。

もう38年も前のことだ。

彼は1年後輩で、垂れ目で丸顔で笑うととっても愛嬌があった。

そしてよく笑った。

同志社EVE(学園祭)に文学研究会主催で作家を招いて

講演会を開こうということになり、

会長だった僕は埴谷雄高、吉本隆明、大江健三郎、小野十三郎、

開高健、五木寛之、野坂昭如、遠藤周作、筒井康隆・・・

に片っ端からコンタクトをとったが

交通費込の予算5万では誰も来てくれない。

そりゃそうだ。

そこで交通費がかからない地元京都在住の作家をということになり、

瀬戸内晴美あらため瀬戸内寂聴に照準を合わせたのだった。

ところが困ったことに彼女の作品を僕は読んだことがなかった。

文学研究会の誰一人読んだことがなかった。

ならば読めばよいではないかと今の僕なら思うわけだが、

当時の僕はそんな風には考えないほど浮世離れしていた。

山本も同じだった。

寂聴さんの作品の新聞広告のフレーズだけ見て、

嵯峨野は化野念仏寺のすぐそばにある彼女の家~寂庵を

二人でアポなし訪問したのだった。

寂聴さんはブルガリアに旅行中だった。

お手伝いさんに用件だけ伝えて1週間後に山本と二人で電話した。

あれはどこの電話ボックスだったろう。

百万遍の交差点脇だったか。

元田中の僕の下宿の共用電話だったか。

さすがに寂聴さんの肉声を受話器の向こうに聴いたとき、

山本も僕もそうとう緊張したのだった。

ところでどんな話が聞きたいのと問われた時、

緊張はマックスに達した。

作品を読んだことがないわけだからまともに答えられるわけがない。

しどろもどろになった時にひらめいたのが、

新聞広告で見た「女の性(さが)」だった。

「えー、その、なんというか女の性についてうかがいたいのですが・・・」

「・・・」

「女の業でもいいのですが…」

「あんた、わたしの本読んでないでしょ!」

不思議なことにこの場面、

僕と山本の記憶はほぼ一致しているのだが、

肝心なところで食い違っていた。

女の性云々を言ったのは、

二人とも自分自身だと記憶しているのである。

僕らは段落ごとにかわりばんこで受話器を握っていたのだった。

いずれにしても

「ま、いいわ。同志社は庭みたいなもんだから行ってあげるわ」

とため息交じりにつぶやいた時の寂聴さんは

きっと呆れた顔をしていたに違いない。

かくして1976年の同志社EVEで

瀬戸内寂聴さんの講演会が文学研究会主催で開かれたのだった。

タイトルは『嵯峨野雑感』だったが、

話の中身は、嵯峨野とは縁もゆかりもない岡本かの子の半生記だった。

今にして思えばあれは寂聴さん一流の洒落だったのだ。

僕だか山本だかよくわからなくなってしまったが、

まぎれもなくどちらかが言って寂聴さんを閉口させたあの一言

「女の性(さが)」からの連想だったに違いない。

つまり『嵯峨野雑感』は『性(さが)の雑感』。

さすが寂聴先生である。



こんな思い出話を肴に山本と杯を重ねたかったのだ。

あの一言、「女の性」を発語したのはどっちだったのか、

記憶の迷路を二人でまた歩いてみたかった。



いや、いずれ、歩いてみよう。

学生時代に戻って

健康のことなど微塵も気にせず

浴びるように呑みながら。



そんなことを思いながら出棺を見送った。

少なくとも400人以上はいた弔問客が

喪主のごあいさつに感動したその余韻にひたってか

なかなか帰路につこうとしなかった時

僕のガラパゴス携帯が振動した。

出てみると塾生のTT君。

6浪の彼は去年から私の塾に通っているのだ。

「先生!」

声が上ずっている。

「岩手、繰上合格来ました!」

Iwate-Medical-Univ-Uchimaru-2013080401.jpg
岩手医科大学


出棺の直後。

今年に入ってから

僕の意識が受験から一番遠ざかった瞬間を

まるで狙いすましたかのように

待ちに待った吉報が届くなんて

まさか山本、

これって君の演出なのか?




医学部受験生に贈る!
Dr.よしつね メディカル・レクチャー

講師:吉田統彦(つねひこ)先生




東海高校を経て名古屋大学医学部、同大学院卒業。
米国ジョンズ・ホプキンス大学ウィルマー・アイ・インスティテュートにて勤務。
眼科医。医学博士。愛知医科大学医学部客員教授。昭和大学医学部客員教授。
名古屋大学医学部非常勤講師。名古屋医療センター非常勤医師。前衆議院議員。


講義内容/日米の医療の比較を通じて、現代日本の医療問題を、
毎回テーマを変えながら鋭くえぐりだし、
医学部をめざす君の使命感を、インテリジェントにそしてパッショネートに鼓舞します。
このコースはまた
医学部入試の面接試験や小論文の背景知識を涵養する上で最高の対策となります。
講義の中では本場仕込みの医療系の英語や、
数学や理科のワンポイント・レッスンが飛び出すかもしれません。乞う、ご期待!

全9回コース(4月~12月につき毎月1回/すべて月曜日20:30~21:50)
     
     第1回 4月14日 ※第2回以降の日程は講義時に発表します。

対象:医学部受験生/定員20名(セント・メプレス生に限る)

詳細はセントメプレスまでお問い合わせください。
052‐733‐3234



各回のテーマ

1:日本の医療と世界の医療<アメリカの医療との比較を中心に>
2:日本の医療の水準と医師数、新設医大も含め
3:日本の予防医療とワクチン政策
4:医薬品・医療機器産業の現状と医療イノベーション
5:私の経験した海外医療ボランティアとメディカルツーリズムを考える
6:日本の科学技術政策その1<再生医療の実態と展望を中心に>
7:日本の科学技術政策その2<先端医療と抗加齢医学の実際>
8:日本の医療の諸課題、医療と政治
9:日本の医療の課題と展望~今までの総括も含め~
  1. 2014/02/17(月) 00:00:01|
  2. 山本兼一
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

山本兼一君、ありがとう!

医学部&名門難関大受験St.メプレスのホームページ

にほんブログ村 受験ブログ 大学受験(指導・勉強法)へ
にほんブログ村  あなたのワン・クリックが私の元気の源です!よろしくお願いします。



ずっと観たかった映画

やっと今日観れた!

そう、やっと行けた。よかった。泣いた。

映画『利休にたずねよ』

キャスト

ありがとう!山本兼一君。


映画のラストは小説と異なっていた。

宗恩の激情と逡巡。

しかし

これだけの名作である。

小説版と映画版

二つのラストがあっていいじゃないか。

それだけ器の大きな原作なのである。

exf13120614310007-p2.jpg
好きなシーンだな。

rikyu_clara_main.jpg
彼女が山本兼一描く茶人利休の原点を演じたクララ。素敵だった。


山本君、健康に留意して

歴史と美の融合世界をもっともっと見せてください。

本当にありがとう!


同志社大学文学研究会時代の友人山本兼一氏原作の
映画『利休にたずねよ』はただ今全国公開中!


公式ホームページ

main3.jpg
  1. 2014/01/01(水) 00:12:43|
  2. 山本兼一
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

プロフィール

PRETTY NAKANO

Author:PRETTY NAKANO
名古屋千種駅前の医学部&名門難関大専門塾セント・メプレス学長。元大学受験ラジオ講座講師。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (107)
僕の受験生時代 (0)
プロフィール (1)
勉強法 (12)
愛しき日々 (23)
檄 (808)
雑感 (50)
名言シリーズ (12)
メプレス (24)
英語 (23)
愛知医科大 (32)
東京女子医大 (11)
東京工業大学 (1)
ロシナンテス (1)
日本医科大学 (1)
吉田つねひこ先生 (40)
山本兼一 (5)
名古屋大学医学部 (53)
燕燕 (1)
岩手医科大学 (3)
金沢医科大学 (8)
東京大学 (1)
三宅養三先生 (0)
名古屋大学理学部 (28)
青山学院大学 (10)
歯学部 (2)
パイロット (2)
保護者の声 (2)
名大岐阜大共同研究 (1)
立命館大学 (1)
かつての教え子たちへ (1)
五稜郭高田 (25)
安達雄大 (16)
吉野由宏 (15)
石原泉 (0)
安田賢治 (7)
兼瀬あらわの藤保医学部物語1 (0)
藤田保健衛生大学 (12)
プリティ語録 (3)
英語問題集・参考書の間違い (3)
日本史吉川 (4)
泉初実 (3)
国政直記 (7)
東京理科大学 (1)
名古屋市立大学医学部 (1)
川崎医科大学 (1)
帝京大学医学部 (1)
同志社大学 (1)
入試説明会 (7)
医療立国 (13)
合宿 (14)
保護者会 (2)
酒井健ちゃん (1)
メディカルツーリズム (10)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR