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プリティ中野の一問入魂

元大学受験ラジオ講座講師プリティ中野が医学部・難関大受験生に贈るエール

希望に素直であれ

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身体を動かすのはいいことだ!


YOU TUBE プリティ中野動画集


結局、自分から逃げないで

しっかり自分の心を見据えて

そこから聞こえてくる心の音に

真摯に耳を傾けて

できるだけ原音に近い形で

勇気をもって行動に具現化するということの

繰り返しを

毎日できる人というのは

控えめに言っても着実に成長できる人だと思います。

魂の次元を高めていける人だと思います。



努力して結果が出ると、自信になる。
努力せず結果が出ると、傲りになる。
努力せず結果も出ないと、後悔が残る。
努力して結果が出ないとしても、経験が残る。(作者不明)




上は、ツィッターから拾った言葉です。

思わずリツィートしてしまいました。

経験が残る。

いい言葉だと思います。

経験が残ると次の展開に希望がもてるからです。



思うに、努力というのは希望に素直であることの必然的結果であります。

達成は大切ですが、それ以上に希望に素直であることの幸せこそが

人生で目指すべきことではないかと思われてならないのです。




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プリティ中野の書評 山本兼一著『信長死すべし』

歴史上の事実を透視して

隠れているその真実を虚構の中に抉り出すという

歴史文学の生命線が骨太に貫かれている力作である。

本能寺の変の要因には諸説あるが、光秀が信長を討ったという事実は動かない。

ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら

歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

その悦びを共有する一人として

まだ手にしておられない全ての方に本作を薦めるものである。


120720_1051~01




あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉



  1. 2013/06/30(日) 00:00:01|
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ある日の会話

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継続は力なり!



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志望大学の過去問をやるのはいやだという人がいた。

理由を聞いてみると「できなかったら怖くなるから」という。

で、「怖くなって何がまずいの?」と尋ねてみると

「自信がなくなって頑張る気力がなくなります」

「そうなんだ。じゃ、自信を守るために過去問をやらないわけだね」

「そういうことです」

「じゃ、今は自信があるというわけだね」

「いや、そういうわけでもないんですけど」

「自信はない?」

「はい。ありません」

「じゃ、何を守るために過去問をやらないのかな?」

「なんとかなるんじゃないか、という見通しを守りたいんです」

「期待感を守りたいわけか」

「そういうことになりますね」

「期待感を守るために現実を直視しないというわけだね」

「そのほうが気持ちが安定します」

「では、君は好きな異性ができても付き合いたいと思ってもアタックはしないわけだ」

「どうしてそういう理屈になるのですか」

「期待感を守るためには行動を起こさない方がいいからだよ」

「でもそれでは永遠に彼女と付き合えないじゃないですか」

「そうとは限るまい。向こうから近づいてくれる僥倖に恵まれないとも限らない」

「それこそ期待だけで終わってしまいそうですよ。僕の場合」

「なるほど、そうかもしれんな」

「否定してくれないんですか?」

「人生は肯定的に生きないといかん」

「文脈に合っていませんが」

「いや、それはともかくだ。期待だけで終わってしまう・・・受験もそれでいいのか」

「・・・」

「期待感を守るために現実を直視することを避けていると、とどのつまりは期待感を裏切ることになると思うよ」

「そう来ましたか」

「チェックメイトだな」

「僕はチェスはやりません・・・」



こんな風に会話は続いていくのだった。






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プリティ中野の書評 山本兼一著『信長死すべし』

歴史上の事実を透視して

隠れているその真実を虚構の中に抉り出すという

歴史文学の生命線が骨太に貫かれている力作である。

本能寺の変の要因には諸説あるが、光秀が信長を討ったという事実は動かない。

ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら

歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

その悦びを共有する一人として

まだ手にしておられない全ての方に本作を薦めるものである。


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あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉

  1. 2013/06/26(水) 00:00:01|
  2. 愛しき日々
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若いということはもうそれだけで財産なのである。

YOU TUBE プリティ中野動画集



若いということはもうそれだけで財産なのである。



若い時そのような意味のことを人生の諸先輩方からよく聞かされたものだ。

ところが当時、そう、高校大学当時の僕の耳には、

そうした言葉は

大人が若者を励ますためのステレオタイプな方便としか響かなかったのである。

ゆえに、そんなことを何度繰り返し言われても、

申し訳ないが、だから頑張ったというような記憶はまるでない。



つまり、それが僕の若さだった。

若いということは若さというものの価値に気づかないものでもあるのだ。

失って初めて気づくことは人生に満ちているが

若さとは健康と並んでその最たるものであろう。



こんな風に書くと

プリティ中野も随分老けたものだな

と思われるかもしれないが

事実は逆である。



僕は今57歳であるが

ほとんど休日をとることなく

一日12時間前後働いている。

毎日筋トレするし

毎日1万歩以上歩いている。

毎日カロリーを気にせず食事をし

毎日アルコールを適度に楽しんでいる。

タバコは4年前にきっぱりやめた。

現役高校生と腕相撲して負けることは少ないし

朝、目覚めると全身に力が漲ってくるのを感じる。

だから僕は年齢不相応に若いという自負がある。

既に二人とも空の上にいるが

こんな強靭な身体に産んでくれた両親に感謝している。



だからこそ、最近になって

若いということは財産なのだと実感できるようになった。

1956年に生まれて今57歳というような

年代記的尺度による年齢とは別に

自分に流れる命の川にまだまだ勢いがあるということに

感謝しているというわけだ。



失って初めて気づくのが若さだと書いたが

失っていないことで気づく若さもあると付け加えておこう。






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プリティ中野の書評 山本兼一著『信長死すべし』

歴史上の事実を透視して

隠れているその真実を虚構の中に抉り出すという

歴史文学の生命線が骨太に貫かれている力作である。

本能寺の変の要因には諸説あるが、光秀が信長を討ったという事実は動かない。

ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら

歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

その悦びを共有する一人として

まだ手にしておられない全ての方に本作を薦めるものである。


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あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉






  1. 2013/06/22(土) 00:00:01|
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受験生であることを楽しもう!

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折角生まれたんだし

人生は一度きりしかないんだから

毎日を楽しむ生き方をしよう。



受験生だからって

まるで囚われの身か何かのように

暗い顔で陰気に過ごす必要などこれっぽっちもない。

そんな受験ならやめてしまえばいい。

心底そう思う。



司馬遼太郎は作中、坂本龍馬に

『男なら、たとえ溝の中でも前のめりで死ね』と語らせたが、

プリティ中野は

『夢追い人なら、たとえ受験生でも楽しんで生きろ』と言いたいな。

いや、受験生だからこそなおいっそう楽しんで生きられる、と。

なぜなら、前向きに生きるしかないからだ。



前向きに生きる人はみんな夢追い人だと思う。

それはもう夢がなくても夢追い人なのだ。

だって夢がないから夢を見つけようとしている人も

夢追い人といえるから。



だから、受験生はみんな夢追い人。

明日を生きようとしている人はみんな夢追い人。

精一杯、夢を追いかける日々を楽しもうじゃないの。



まずは今日一日、未知の自分を冒険する気で頑張ってみようか。





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ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

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無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

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山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

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その悦びを共有する一人として

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あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉





  1. 2013/06/18(火) 00:00:01|
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いい顔にならないと受からない!

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人間、自己実現の方向に沿って

一心不乱に何ごとかに取り組んでいる時は

おのずといい顔になってくるものだ。



別に、顔の造作が変わるわけではないから

鏡の中にブラッド・ピットが映るようになるわけではないが

それでも、確かにいい顔になるのである。



苦しんでいたり

恨んでいたり

呪っていたり

馬鹿にしていたり

悔やんでいたり

怒っていたり

そんな気分に支配されていると

空即是色と言うべきか

物理的存在である顔も

曇ったり歪んだりするものだが

そうしたネガティブな感情から解放されると

雨上がりの青空のようなさわやかな顔になれるのだ。



これまで数多くの受験生を見てきて心底思うのだが

受かった時にいい顔になるのではなく

受験勉強に打ち込んでいい顔になった子が受かるのだ。

いろいろな顔を思い出しては

そうつくづく思う。



それが受験であれ何であれ

試練から逃げず

真っ向からその試練に本気で立ち向かうとき

人はもうネガティブな感情にとらわれてなどいられなくなる。



そして、だから、いい顔になって

受かるのである。





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ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら

歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

その悦びを共有する一人として

まだ手にしておられない全ての方に本作を薦めるものである。


120720_1051~01




あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉



  1. 2013/06/14(金) 00:00:01|
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本気のボーダーライン!

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別に受験勉強に限ったことではないが

ある分野で胸を張れる自分になるために必要な基本的心構えが

ワカッタだけで満足するな、ということである。

デキルまでやれ、

さらに言えば

イツデモデキルまでやれ、ということである。



ワカルまでやるのは受験生としては当たり前のことで

その姿勢すらないのであれば

歯に衣着せず言わせてもらうと

受験というドラマのエキストラに過ぎない。

セリフひとつもない、その他大勢の一人に過ぎないのである。

言い方を変えるなら

リングに上がろうとしない自称ボクサーのようなものである。



ワカルを越えてからが勝負である。

デキルまで

イツデモデキルまでやる姿勢を身に付けてこそ

リング上でパンチを繰り出していることになるのである。



希望する大学に進むためには入試でボーダーをクリアしなければならない。

そんなことは誰でもわかっているはずなのに

どうして少なからぬ受験生が

ボーダーをクリアできるシビアな姿勢で勉強しないのだろうか。



やっぱり本気じゃないんだろうね。

自分の心の中にある「本気のボーダーライン」をクリアしてないんだよ。

だから粘りもないし、工夫もない。



本当に夢を現実に変えてやろうと心を滾(たぎ)らせているか?

運が良ければ受かるかも・・・

そんなレベルに情熱を格下げしてしまったのか?

それともあまりにもライバルたちを甘く見ているのか?

あるいは受験をファッションみたいにとらえて

ブランド大学を志望しているのか?



志望校で見栄を張らず

合格校で胸を張る!



心の底からそう思うことができたら

きっと勉強は劇的に変化するだろう!

ワカッタだけで満足していた勉強から

デキルまで、イツデモデキルまでやる勉強に変わるのだ。



君がホンモノの受験生になるのはその時だ。






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ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

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無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

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あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉


  1. 2013/06/10(月) 00:00:01|
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世界を変えるのは君だ!

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受験の主人公はあくまでも受験生自身

つまり君である。



これは当たり前のことだが

よく言われるように

世の中には当たり前のことを当たり前に実践している人は

案外少ないものである。



受験生の世界においてもしかりで

この当たり前のことを忘れている受験生は

悲しいかな、実に多いと言わざるを得ない。



だから言っておきたい。



山奥で人知れず咲いている一輪の花は確かに存在していようが

僕にとってはないのも同然だ。



つまり自分がいなくても世界はあるが

自分にとっての世界は自分がいなければないとしか言いようがない。



この原理はもちろん僕だけのものではない。

誰にでも当てはまる普遍の原理であるから

受験生である君にも当然当てはまる。



何が言いたいかというと

君がいるから君にとっての世界があるわけだから

その世界をコントロールできるのは君しかいないということ。

つまり君の世界を変えられるのは君だけだということ。

その意識を強く持って受験に臨んでいただきたい。



誰かが君の世界を変えてくれるのを待っていても無駄なことだ。



世界を変えようと思ったら

自分が変わるしかないのである。

そう、自分から動き始めることである。

そして、動き続けることである。





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時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

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その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

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120720_1051~01




あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉
  1. 2013/06/06(木) 00:00:01|
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納得するまでやる!

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受験勉強というのは

志望校合格のために必要と想定される水準を超えるまで

得点力を高めるためにやるものだ。

そんなことは誰でもわかっているわけだが

目前のマテリアルをどこまでやればよいのかという基準については

案外受験生には統一見解がないような気がする。



時間で測る人もいれば

こなした問題数で測る人もいる。




その人がどの程度本気なのかを測定するには

どのくらいの時間をどのような行動にあてているかを見れば一目瞭然というから

時間で測るのも、こなした問題数で測るのもあながち間違っているとは思わない。



思わないが、しかし、もっと大切な基準があると思う。

自分が納得するまでやるということだ。

言い換えればスッキリした気分になるまでやるということだ。

スッキリするまでやるということは言い換えればモヤモヤがなくなる

つまり疑問点が払しょくされるまでやるということを意味する。



簡単な例をあげてみよう。

Scarcely had the rain stopped before a rainbow appeared.

たとえば上の文の意味を文構造から理解することを怠り

ただ As soon as ~ の書き換えとして丸暗記した人は

なぜAs soon as ~ とほぼ同じ意味になるのかを納得するまで掘り下げた人より

知識の定着率ははるかに悪いのが通常だ。

有り体に言えば前者の知識は賞味期限が短い(わずか数分!ということもある)が

後者の知識はなかなか劣化せず長持ちする。



scarcely/hardly ~ before/when …「~した途端・・・」

実際これだけを呪文のように覚えても、ほとんど役に立たない。

使える知識にならないのである。

見たことも食べたこともない料理を、

材料だけ与えられて「さぁ作れ」といわれても、

それは無理ではないか?

イメージが湧かないと人間は行動できないものだから。




丸暗記しようとする前に

「なぜ?」と考えてみることをお勧めしたい。

なぜ、この構文では過去完了が用いられ

なぜ、否定語を使いながらも訳文が否定的でないのかを。



そこでもう一度英文。

Scarcely had the rain stopped before a rainbow appeared.

この英文には「雨がやんだ」と「虹が出た」の2つの事象が述べられている。


過去完了形を用いるのはその2つの事象に時間差があることを表し

次いで弱否定副詞の scarcely を添えることで

その時間差がほとんどない、つまりほとんど同時だ、と言っているのである。

よって直訳は「虹が現れる前に雨はやんだがその時間差はほとんどなかった」となり

意訳では「雨がやむとほぼ同時に虹が姿を見せた」となる。



ここまで掘り下げて、そりゃそういう意味になるわな、と、

納得がいってこそ頭に入るのであり、

ただscarcely/hardly ~ before/when …「~するや否や・・・」を

力技で覚えようとしても脳が受け容れないだろう。

それは、ハンバーグをかまないで丸ごと飲み込もうとしているようなものだ。



これは覚えるしかないということは確かにいっぱいあるが

基本姿勢としては

納得することを目的としよう。

不思議なもので納得すればもう既に覚えていることが多いのである。

脳はそのようにできているのだと思う。






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プリティ中野の書評 山本兼一著『信長死すべし』

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ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら

歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

その悦びを共有する一人として

まだ手にしておられない全ての方に本作を薦めるものである。


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あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉
  1. 2013/06/02(日) 00:00:01|
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PRETTY NAKANO

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名古屋千種駅前の医学部&名門難関大専門塾セント・メプレス学長。元大学受験ラジオ講座講師。

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