プリティ中野の一問入魂

元大学受験ラジオ講座講師プリティ中野が医学部・難関大受験生に贈るエール

ドラゴンスター山下の数学物語23


皆さんこんにちは!
ドラゴンスターこと山下龍星です。

今回は久しぶりに受験勉強について書いてきたいと思います。

テーマは『合格に繋がる二つのノート』です。

私は受験生の頃、受験勉強を始めるにあたって、
たくさんの合格体験記や受験戦略書を読み漁り、
多くの先輩の経験を取材しました。
(このブログを何度か読んでくださっている方にはわかると思いますが、
私は典型的な形から入るタイプです!!)

東大京大・旧帝国大学・国立医学部医学科の合格者はもちろん、
早慶や私立医学部まで、いわゆる難関大に合格している人達の共通点をひたすら探りました。

それも、もともと成績が優秀だった人は除外して探しました。
平凡かあるいは少し優秀程度の成績から始まって、
最難関を潜り抜けた人達の共通点を集めました。
そしてその結果、
対象者の多くが、これから紹介する『二つのノート』を作成していることがわかってきました。

難関大合格者が作る二つのノート。

その一つ目が『計画ノート』です。

私は今まで何度か受験における計画の重要性について述べてきましたが、
その具体例がこの『計画ノート』ということになります。
その作り方は、まずノートのページの左半分を使い、
1日分の計画を書きます。
計画はタイムスケジュールに沿う形にした方が良いです。

7:00     起床、朝食、支度
8:00     出発
9:00~12:00 数学の問題集10ページ
12:00~13:00 昼食
13:00~16:00 英文法100問
16:00~16:15 休憩
16:15~19:15 化学物理の問題集10ページ
19:15    帰宅


など、上記のようなイメージです。
そして残った右半分のスペースに、実際に実行した内容を書きます。
上のサンプルのように、~問 とか ~ページ など、
具体的にノルマを記しておくと分かりやすくてよいでしょう。
ノルマはキツキツにする必要はありません。
ただし、ここに記したノルマの実行は絶対となります。
なにがなんでもその日のうちに達成してください。

もし破ったらどうなるか。
こういった小さいところでの妥協が、どんどんどんどん大きな妥協を呼び、
やがて進行が遅れ、最終的には志望校への妥協にも繋がってきます。
さらにノルマの未達成は、自分との約束を破ることと同義であり、
自らに対する信頼も失ってしまうことになります。
受験は最終的には(特に当日の試験場においては、)自分自身との闘いとなるので、
自分との信頼関係の欠如は致命的なダメージとなりかねません。
以上で述べたことを守るためにも、出来るだけ多く、しかしながら確実に達成できる量を、
日々の学習の中で覚えていってください。

そして一番重要なことは、この計画の大まかなペースを、
学習開始の段階で入試前日まで決めてしまうことです。
そうする理由としては、まず自分が志望校に合格する為に必要な到達点はそもそも決まっており、
それを具体的に書き出し逆算しておくということは非常に有用なことだからです。
また『この量を一日一日しっかり理解していけばそのレベルに到達できるんだ』と信じることで、
余計な不安が排除され、
ただ目の前の課題をぶち壊していくというシンプルで効率的な学習にも繋がります。

夜寝る前にその日の反省を書き、
それを活かして次の日のタイムテーブルを決め、
そこに最初決めたノルマを埋め込んでいく。

毎晩10分程度の積み重ねが、おおきなメリットをもたらします。
面倒だという人も多いですが、やって損はないことを保証しますよ。

今回は合格を呼ぶ二つのノートの一つ目、
『計画ノート』についてお話しました。

次回はもう一つのノートの紹介をしたいと思います。
乞う、ご期待!!!

名古屋大学理学部数理科学科4年 山下ドラゴンスター龍星

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質問します。どちらがドラゴンスターでしょうか?難問で申し訳ありません!




中野プリティ

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プリティ中野の書評 山本兼一著『信長死すべし』

山本兼一は僕の同志社文学研究会時代の仲間である。
今年の2月13日、僕の誕生日に彼は肺がんで他界した。
最後の原稿を中央公論の編集者に送稿した5時間半後に息を引き取ったのだった。
彼は骨太の歴史小説をいくつも遺していった。
まだ生き残っている僕は彼の作品を語り続けたい。
セント・メプレス発足時に推薦文を書いてくれた恩義に応えるためにも。


歴史上の事実を透視して

隠れているその真実を虚構の中に抉り出すという

歴史文学の生命線が骨太に貫かれている力作である。

本能寺の変の要因には諸説あるが、光秀が信長を討ったという事実は動かない。

ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら

歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

その悦びを共有する一人として

まだ手にしておられない全ての方に本作を薦めるものである。


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山本兼一からいただいた推薦文

中野俊一氏は、わたしの同志社大学時代の先輩である。
わたしと中野氏は大学の文学研究会に所属していた。
わたしが二年になったとき中野氏は、その会の会長になった。
文学研究会は、学術団体でありながら、無頼を気取る輩が多かった。
そんななかにあって、中野氏はめずらしく情熱と責任感にあふれた人材であった。
だからこそ、自尊心の高い会員たちから請われて会長に就任したのである。
そんな中野氏がこのたび新しく塾を開くという。
その名はセント・メプレス。
中野氏が開く塾ならば、さぞや熱気にあふれ、
塾生は激しく切磋琢磨されることであろう。そう信じてやまない。

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在りし日の山本兼一



あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉



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医学部受験生に贈る!
未来の医師養成講座
愛知医科大学理事長三宅養三先生からご推薦をいただきました。


講師:吉田統彦(つねひこ)先生




東海高校を経て名古屋大学医学部、同大学院卒業。
米国ジョンズ・ホプキンス大学ウィルマー・アイ・インスティテュートにて勤務。
眼科医。医学博士。愛知医科大学医学部客員教授。昭和大学医学部客員教授。
名古屋大学医学部非常勤講師。名古屋医療センター非常勤医師。前衆議院議員。

講義内容/日米の医療の比較を通じて、現代日本の医療問題を、毎回テーマを変えながら鋭くえぐりだし、医師をめざす受験生の使命感を、インテリジェントにそしてパッショネートに鼓舞します。このコースはまた医学部入試の面接試験での発言能力や小論文の背景知識を涵養することにも力を注ぎます。

2015年全9回コース
(4月~12月につき毎月1回/すべて月曜日20:30~21:50)

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  1. 2015/05/31(日) 00:00:01|
  2. 名古屋大学理学部
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ゴッドマザー泉初実のヘブンリー・アドバイス 3



生徒から、特に卒生からこの時期よく聞かれることなのですが、
英文を読むときに、辞書を引くべきか、
引かずにわからない単語の意味を推し量りながら読むべきか。

確かに、入試では、辞書の持ち込みができない学校がほとんどですし、
可能な学校はかなり入りやすい学校か、
もしくは最難関に近いところで辞書を使っているレベルでは受からないところか、
そのどちらかなので、引かずに読むことは必須なのですが・・・。

高校でも予備校でも引かずに読めと言われているのかもしれません。
でも、どんな英文を読むにしろ、
例えば一段落でわからない単語が三つも四つもあったら、
特にその中にトピックに大きな関係のある語が含まれていたら、
辞書を引かずに果たしてその英文がちゃんと読み込めるのでしょうか?

今の時期大切なのは文の内容をしっかりつかむこと。
時間がかかっても、正答をきちんと導き出す練習をすることです。
模試が始まり、現役生も卒生も時短が気になると思いますが、
今の時期に英文を読み込む力、正答をきちんと導き出す力をしっかりつけておけば、
後半は様々な演習を通して、時短を心がけて行けばよいわけで、
合格のイメージもつかみやすくなります。

逆に今の時期に焦って基礎を疎かにすると、
秋になっても時短の壁が越えられなくて、
さらに焦るという、悪循環に陥りやすいのです。

それではどうすればよいのか?
まず読み始めに一段落にわからない単語がどれだけあるか見てみましょう。
前後の文から類推するのには限界があります。
四つも五つもあるなら迷わず辞書を使う。
一つかせいぜい二つ、トピックの関係ない語なら、
辞書を使わずに読んでみる。
前後関係から類推する練習も大切ですから。

要するに、この時期だからとか、受験を体験した卒生だからということではなく、
英文によって使い分けて行くことが大切なのです。

辞書を使って読むと確かに時間がかかります。
でも、辞書を使うことによって自分の中の語彙の引き出しが豊かになります。
単語帳で覚える時はどうしても一番よく使う語彙を覚えることになりますが、
実際は英単語は日本語の該当単語の語彙と100%重なっているわけではなく、
数学の集合の重なりのようにずれている部分が非常に多いわけです。

今の時期、辞書を引きながら、その単語にはどういう意味合いがあるのかをしっかりつかみましょう。
読んでいる英文にふさわしい意味が見つかったらそこでやめるのではなく、
書かれている内容を最後まで見てみましょう。
ピンと来る意味合いがなかったら派生語も見てみましょう。
名詞で見つからなかった意味が、
動詞や形容詞で見つかるかもしれません。

そうしているうちに、その単語が持っている日本語の表面的な意味ではなく、
中心になる概念がつかめてくるでしょう。
それがつかめると英文の内容に合わせて臨機応変に意味が理解でき、
英文をそのまま理解する力が加速度的に大きくなります。

そのためには電子辞書ではなく、紙辞書をおすすめします。
面倒なようですが、辞書を引くことで単語の定着も早くなります。
何度も覚えた単語なのにと悔しい思いをしながらひくことで語彙も綴りも覚えるのです。
夏休みくらいまでにしっかりやって、語彙力を充実させましょう!
そして読めるものは辞書なしで読みましょう。
基準は上に書いた通りです。
細かい作業が大きな実力を作ります。
学問に王道はないのです。

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プリティ中野の書評 山本兼一著『信長死すべし』

山本兼一は僕の同志社文学研究会時代の仲間である。
今年の2月13日、僕の誕生日に彼は肺がんで他界した。
最後の原稿を中央公論の編集者に送稿した5時間半後に息を引き取ったのだった。
彼は骨太の歴史小説をいくつも遺していった。
まだ生き残っている僕は彼の作品を語り続けたい。
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歴史上の事実を透視して

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歴史文学の生命線が骨太に貫かれている力作である。

本能寺の変の要因には諸説あるが、光秀が信長を討ったという事実は動かない。

ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

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― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

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山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら

歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

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山本兼一からいただいた推薦文

中野俊一氏は、わたしの同志社大学時代の先輩である。
わたしと中野氏は大学の文学研究会に所属していた。
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文学研究会は、学術団体でありながら、無頼を気取る輩が多かった。
そんななかにあって、中野氏はめずらしく情熱と責任感にあふれた人材であった。
だからこそ、自尊心の高い会員たちから請われて会長に就任したのである。
そんな中野氏がこのたび新しく塾を開くという。
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中野氏が開く塾ならば、さぞや熱気にあふれ、
塾生は激しく切磋琢磨されることであろう。そう信じてやまない。

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在りし日の山本兼一



あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

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愛知医科大学理事長三宅養三先生からご推薦をいただきました。


講師:吉田統彦(つねひこ)先生




東海高校を経て名古屋大学医学部、同大学院卒業。
米国ジョンズ・ホプキンス大学ウィルマー・アイ・インスティテュートにて勤務。
眼科医。医学博士。愛知医科大学医学部客員教授。昭和大学医学部客員教授。
名古屋大学医学部非常勤講師。名古屋医療センター非常勤医師。前衆議院議員。

講義内容/日米の医療の比較を通じて、現代日本の医療問題を、毎回テーマを変えながら鋭くえぐりだし、医師をめざす受験生の使命感を、インテリジェントにそしてパッショネートに鼓舞します。このコースはまた医学部入試の面接試験での発言能力や小論文の背景知識を涵養することにも力を注ぎます。

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  1. 2015/05/29(金) 00:00:01|
  2. 泉初実
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紅萌ゆる吉野由宏の桜満開日記 その十一


こんにちは。
新しい年度が始まって1ヶ月あまり。
年度の初めに考えた計画はうまく進んでいますか?
実際に学習しているときの手ごたえだけでなく、
目に見える結果も参考にしたいと思う受験生も多いでしょう。
そのために、各予備校では5~6月に多くの模試が実施されています。
今回はその模試の受け方についてのお話です。

まず、模試を受ける目的を整理しておきましょう。
目的の1つは、上で書いたように、これまでの学習の成果を見ることです。
模試を受ける前に、各科目、それぞれの単元について、
自分の学習がどういう段階なのかを考えましょう。
「まだ学習をはじめたばかりなので、結果が出るのはもっと後」
「基本的なことは学習したので、6割くらいまではできるはず」など。
事前に予測をしておき、
その予測と模試当日の手ごたえ、
数字としてあらわれる結果を比較することで、
よりしっかりと現状の分析ができるのです。

模試を受ける2つ目の目的は、本番に近い気分を味わうこと。
そのためにはある程度の緊張感をもって臨みましょう。
精神面だけでなく、ある程度学習が進んでいる生徒にとって、
模試は時間作戦などのよい練習機会になります。
特にセンター試験で高得点を取らなければならない国公立志望者は、
マーク模試は作戦を試すチャンスです。
予め、時間配分、解く順番などの作戦を決め、
それを実行しながら、自分の最もやりやすい方法を探しましょう。

それでは、どの模試をどの程度の回数受験するのがよいのか?
学校で全員受ける模試が多い人は、決められた通りにするしかありませんが、
それ以外の人は、受験する模試を自分で選択できます。
ほとんどの模試は1日かけて受けることになり、
さらにその見直しにも時間がかかります。
無駄のないようにしたいですね。

私の場合、1~2ヶ月に1度を目安にしています。
一般より少なめでしょうか。
多くの場合、マーク系の模試と記述系の模試がセットのようになっていますが、
私は志望校判定を気にしませんので、
必ずしもセットで受験する必要はないと言っています。
私立医学部志望者は、
日程によってはマーク模試をカットしてもいいでしょう。
逆に国公立医学部志望者で偏差値65をこえている人は、
通常の記述模試をカットして、難易度の高いもの(駿台全国模試、
河合塾医進模試など)をメインにする方がよいでしょう。
特に秋からは実施される模試の数が多いので、
志望や状況に応じてしっかり選択しましょう。

(次回に続く)

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山本兼一は僕の同志社文学研究会時代の仲間である。
今年の2月13日、僕の誕生日に彼は肺がんで他界した。
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彼は骨太の歴史小説をいくつも遺していった。
まだ生き残っている僕は彼の作品を語り続けたい。
セント・メプレス発足時に推薦文を書いてくれた恩義に応えるためにも。


歴史上の事実を透視して

隠れているその真実を虚構の中に抉り出すという

歴史文学の生命線が骨太に貫かれている力作である。

本能寺の変の要因には諸説あるが、光秀が信長を討ったという事実は動かない。

ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

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さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

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マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

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在りし日の山本兼一



あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

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講師:吉田統彦(つねひこ)先生




東海高校を経て名古屋大学医学部、同大学院卒業。
米国ジョンズ・ホプキンス大学ウィルマー・アイ・インスティテュートにて勤務。
眼科医。医学博士。愛知医科大学医学部客員教授。昭和大学医学部客員教授。
名古屋大学医学部非常勤講師。名古屋医療センター非常勤医師。前衆議院議員。

講義内容/日米の医療の比較を通じて、現代日本の医療問題を、毎回テーマを変えながら鋭くえぐりだし、医師をめざす受験生の使命感を、インテリジェントにそしてパッショネートに鼓舞します。このコースはまた医学部入試の面接試験での発言能力や小論文の背景知識を涵養することにも力を注ぎます。

2015年全9回コース
(4月~12月につき毎月1回/すべて月曜日20:30~21:50)

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  1. 2015/05/27(水) 00:00:01|
  2. 吉野由宏
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五稜郭高田の頑張って医攻化! その16


皆さん、こんにちは!五稜郭高田です!

今日はわかっているようでわかっていない、
当たり前のようで当たり前でない、
というようなことを書いてみたいと思います。

勉強の方法ですが、読んで覚えるやり方と、
読んだ上で書いて覚えるやり方があります。
どちらの方法が合うかは人それぞれです。
読んで覚えるだけで頭に入りやすいという人もいれば、
読んだ上でさらに書いて覚えなければ頭に入りにくいという人もいます。
つまり、勉強の方法は人それぞれで、人の方法を真似したからといって、
必ずしもその方法がうまくいくとは限りません。
合わないと思ったら、その勉強方法はやめて自分に合った方法で行いましょう。

また、いろんな勉強方法があることを知っておいて損はないですが、
すぐに人から聞いた方法に飛びつくのはよくないです。
人から聞いた方法より、自分で行っていた勉強方法の方が案外よかったりするものです。
自分の勉強方法が人から見て、時間がかかって非効率に見える方法であっても、
また人から驚かれるような方法であっても、
しっかり内容を覚えることができているならば、
その勉強方法を貫くことも重要です。
最終的には、やってみて自分の頭に入りやすい方法を選択しましょう。

数学や物理は、解けるまで考え抜くのがよいのか、
わからなければすぐ答えを見るのがよいのかどちらがよいのかということがよく言われます。
個人的には、考える時間は必要ですし、考える時間が全く無いのはよくないですが、
長くても20分くらい考えてわからなければ答えを見るのがよいと思っています。
暗記に走ると、考えることが億劫になり、考えることにこだわりすぎると、
暗記することが面倒になります。
偏らないように両者のバランスが保つように注意して勉強することが重要です。

そして、重要なことは問題を解いただけで満足してはいけないということです。
必ず参考書や教科書(図説や資料集)と問題集をセットで勉強することです。
参考書(教科書)を読んでその知識を使って問題集の問題を解くという方法と、
先に問題を解いてから、参考書(教科書)を読むという方法があります。
どちらの方法でもよいですが、参考書(教科書)を読むこと、
問題集の問題を解くことの片方だけ行って終わるのはよくないです。
これは受験勉強に限らず、何の勉強をする際にも大切なことだと私は思っています。

特に、ある事柄について理解を深めるためには、
その事項について、
人に説明できるようになる必要があります。
そのためには、問題集だけでは説明できるようになることは難しいです。
読んで理解した(インプット)ことを頭に入れて、
口で言えるようになったら、
今度は紙に自分の言葉でその内容を書いて(アウトプット)みることも必要です。
書くと言っても見ながら写すということではありません。

こういったことを念頭に置いて、勉強の仕方を見直してみてはどうでしょうか。
相談にのりますよ(*^▽^*) 
それでは頑張って医攻化。

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五稜郭高田と桃太郎国政のツーショット!



中野プリティ

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そんな中野氏がこのたび新しく塾を開くという。
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中野氏が開く塾ならば、さぞや熱気にあふれ、
塾生は激しく切磋琢磨されることであろう。そう信じてやまない。

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在りし日の山本兼一



あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉



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講師:吉田統彦(つねひこ)先生




東海高校を経て名古屋大学医学部、同大学院卒業。
米国ジョンズ・ホプキンス大学ウィルマー・アイ・インスティテュートにて勤務。
眼科医。医学博士。愛知医科大学医学部客員教授。昭和大学医学部客員教授。
名古屋大学医学部非常勤講師。名古屋医療センター非常勤医師。前衆議院議員。

講義内容/日米の医療の比較を通じて、現代日本の医療問題を、毎回テーマを変えながら鋭くえぐりだし、医師をめざす受験生の使命感を、インテリジェントにそしてパッショネートに鼓舞します。このコースはまた医学部入試の面接試験での発言能力や小論文の背景知識を涵養することにも力を注ぎます。

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  2. 五稜郭高田
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今のままの自分で満足か?



夢と言えるほどの夢はありません。

確たる目標もありません。

漠然と、~であればいいな、くらいの願望はありますが

所詮その程度のものですから

叶わなければ地団太を踏んで悔しがるというほど強いものではありません。

したがって志望大学や志望学部は一応決めてはいるのですが

本当に自分がそこに行きたいのかと問われたら

是非行きたい!とは言い切れない自分がいます。

そんな自分ですから

受験勉強も正直ほどほどにやっているという感が否めません。

もちろん失敗するのは嫌なことです。

だから失敗しない程度には頑張ろうとは思っています。



このように語る受験生を仮にA君としよう。

残念ながら、このA君がその言葉通り

失敗しない程度に頑張って実際失敗しなかったとしても

だからと言ってそれが成功を意味するものだとは

少なくとも私には思えないのである。


ここで私の言う「成功」とは

ただ単に志望校に受かるということだけを意味するものではない。

「ここぞというときに頑張り抜ける心の強さ」とか

「学習にどう優先順位をつけて時間をどう配分するかというマネジメント能力」など

人生をたくましく生き抜いていく財産となる諸々の資質を

受験生時代を真摯に生きることで獲得できるという意味で「成功」と言っているのである。


さらに言えば、苦労して入学した大学であればこそ

キャンパスライフがより輝くという意味もある。

A君は今のままだと、その全てを放棄することになりかねない。


A君に問いかけたいことはただ一つ。

今のままの自分で満足か?

言い換えれば、今の自分から変わりたくはないのか? 

ということだ。


そう自分に問いかけて

真摯に自分の魂と語り合ってみるといい。


語り合ってみて、今のままの自分ですっかり満足だというなら

それでよし。


けれども実際そう言い切れる人はほとんどいない。


今のままの自分ではいやだ。

君の心の奥でそういう自分の声が響いたら

きっとその声が導く場所からいろいろなイメージが湧いてくるはずだ。


そんな風に自分と真摯に語り合える自分であり続けることで

自然、外界から多様な情報が入ってくるようになり

情報の取捨選択を繰り返すうちに

その取捨選択のあり方にひとつの方向性が見えてくるはず。


そしてその方向性を軸にしてさまざまなイメージが融合して

ひとつのかたちをつくるようになり

やがてそれはベクトルとなる。


夢とか希望とかというものは、そのベクトルなのだと思う。


大切なことは自分としっかり向き合うことから逃げないということだ。



中野プリティ

セント・メプレスのプリティ中野です。

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プリティ中野の書評 山本兼一著『信長死すべし』

山本兼一は僕の同志社文学研究会時代の仲間である。
今年の2月13日、僕の誕生日に彼は肺がんで他界した。
最後の原稿を中央公論の編集者に送稿した5時間半後に息を引き取ったのだった。
彼は骨太の歴史小説をいくつも遺していった。
まだ生き残っている僕は彼の作品を語り続けたい。
セント・メプレス発足時に推薦文を書いてくれた恩義に応えるためにも。


歴史上の事実を透視して

隠れているその真実を虚構の中に抉り出すという

歴史文学の生命線が骨太に貫かれている力作である。

本能寺の変の要因には諸説あるが、光秀が信長を討ったという事実は動かない。

ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら

歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

その悦びを共有する一人として

まだ手にしておられない全ての方に本作を薦めるものである。


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山本兼一からいただいた推薦文

中野俊一氏は、わたしの同志社大学時代の先輩である。
わたしと中野氏は大学の文学研究会に所属していた。
わたしが二年になったとき中野氏は、その会の会長になった。
文学研究会は、学術団体でありながら、無頼を気取る輩が多かった。
そんななかにあって、中野氏はめずらしく情熱と責任感にあふれた人材であった。
だからこそ、自尊心の高い会員たちから請われて会長に就任したのである。
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中野氏が開く塾ならば、さぞや熱気にあふれ、
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ヒーロー伊藤の藤保キャンパス便り 1

中野プリティ

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始めまして、プリティ中野先生にお世話になって

この春、藤田保健衛生大学医学部に入学しました伊藤慈紘(ヨシヒロ)です。

このシリーズでは、受験生の皆さんが辛くなった時、

自分が入学して大学生活を謳歌する姿を具体的にイメージできるように

僕の体験を少しずつ綴っていきたいと思います。

フジタ入学式

まずは入学式。

藤田保健衛生大学の入学式は

藤田ホール2000という

これまた豪華絢爛で音響設備にも優れたホールで盛大にとり行われます。

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医学部の生徒は引き続き式の後一人一人が舞台にあがり署名式を行います。

この時の胸の高鳴りは今でも忘れません。

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自分が藤田保健衛生大学医学部の一員となり将来立派な医師になるべく、

藤田の先生方、諸先輩方、同学の友から存分に学ばせていただくという

一種の誓いを交わしたような気分になりました。

いよいよ医学部生となり医師への第一歩を踏み出したんだなという実感を

藤田の入学式ではより強く味わうことができるでしょう。

ぜひ!志望校に藤田を入れている人は

この素晴らしい入学式に出るのだという期待に

胸を膨らませながら日々の勉強に取り組んでください。

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映画女優のようなお母様と入学式の後で。





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  2. 藤田保健衛生大学
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国政直記の直球一本勝負 その一

中野プリティ

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セントメプレス塾生の皆様、はじめまして。

理系科目、特に数学と物理を担当する国政直記(くにまさ・なおき)です。

名古屋大学工学部原子力専攻、政治家を目指す25歳です。

学習指導はもちろん、

目標達成のために全力を尽くす気迫やバイタリティを

皆さんと共有したいと思っています。

出身地は岡山県岡山市。

桃太郎の故郷でもあります。

趣味は茶道・パソコン。

モットーは、勇気ある知識人、和敬清寂です!

どうぞよろしく!

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金医の国のワンダー・アリス 1

中野プリティ

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みなさんお久しぶりです。

加賀の国は金沢医科大学1年、愛知淑徳出身の酒井愛里寿です。

入学して早くも1カ月がたちました。

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大学は本当に楽しいです!!

できた友達は年齢も様々で

また出身地も十人十色といった感じで

受験生のころには想像もつかなかった不思議な世界

毎日が新鮮な驚きでいっぱいです。


部活は迷った末テニス部に入りました!

まったくの初心者ですがこれから西医体にむけて心技体を鍛えて頑張ります!

ヨット体験もしました!

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大学の目の前に広がる内灘の美しい海を滑るように進んでいると

本当にこの大学に入学してよかったという思いがこみ上げてきて

目頭が熱くなるのをまわりにさとられないようにするのが精いっぱいでした!


初めての医療体験は城北病院でした。

緊張感漂う中、医学生になった自分を実感しました!

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もちろんこれからしっかり勉強もして

学生生活もちゃっかり楽しみながら

掛け替えのない6年間を過ごしていきます!   

医学部志望のみなさん、

アリスが金沢医科大学で待ってますよ





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ドラゴンスター山下の数学物語23

中野プリティ

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皆さんこんにちは!
ドラゴンスターこと山下龍星です!

前回は回を跨いで、『夢』をひとつのテーマとして、
私の過去について少しお話ししました。
なかなか個人的なことも書いてしまったので、
読み返すと恥ずかしさも覚えますが、
少しでもみなさんの参考になればと思います。

さて、過去の反省も大切ですが、
大事なのは今このとき、この瞬間に全力を尽くすことなのだと、
最近になって私は思うのです。

というわけで、今回は私が『今』やっている研究についてお話ししたいと思います。
テーマとしては『数学の実生活への応用』です。

私はこの春から、名古屋大学数理学科の、とある研究室への配属が決まりました。
メンバーは5人と少ないですが、
優秀で数学的好奇心の旺盛なメンバーが集まっている素敵な研究室です。
教授はとても聡明かつ人格的にもとても優れている方であり、
和やかな雰囲気の中、高いレベルで輪講を行っています。
(ちなみに輪講とは、
数人から数十人のグループで既存の論文の内容を順番に発表していくことを指します。
既存の論文を各々がまず解読し理解することで、
内容を強くインプットし、
それを発表という形でアウトプットすることにより更なる知識の定着化にも繋がります。
その為には膨大な予習が必要であったり、
進度的に少し時間がかかってしまうのが難点ですが、
普通の講義よりも圧倒的に理解の成果は高まります。
私はこの形式の良さを受験勉強につなげる方法がないかと模索中です。)

少し話が逸れましたが、
そういった高いレベルの学生や教授を集め、
周りの方からはいったいどんな難しい計算をしているんだ?
などと言われることが多いのですが、
私たちが研究しているテーマは、難しいことは間違いないのですが、
計算っぽい計算や数字はほとんどと言っていいほど使わない、
『絡まった紐』についての研究です。

どういった研究かというと、
例えば絡まった紐の写真が2つあったとします。
このとき、一方の写真の紐の絡まり具合と、
もう一方の紐の絡まり具合が同じなのか、そうでないのかは、
普通は実際にこの紐を用意し絡まりを解いてみないとわかりませんね。
しかし、数学的思考を用いることで、その写真を見ただけで、
実際にその紐を使うことなく、絡まり具合の考察が出来てしまうのです。

具体的には、
紐の結び目というものはいくつかの紐の交差によって成り立っていますが、
その交差の仕方ひとつひとつにある決まった数値を定めておいて、
それを足し合わせたものがその絡まりの『量』というものになります。
その量が同じであれば絡まり具合が同じと言えるし、
違えばその量が大きい方がより絡まっていると言えます。

本当はもっともっと複雑で難解で、
尚且つ興味深い理論の下で成り立っている研究なのですが、
詳しいことは私自身これから勉強していくことになります。
また、この研究については科学者の間でも突き詰めたところはまだ判明しておらず、
まだまだ未発達の部分が多いのも魅力の一つであると言えると思います。

すこし抽象的な表現が多く伝わりづらかったかもしれませんが、
以上が私が今現在行っている研究内容です。
私は中学、高校と数学をたくさん勉強してきましたが、
当時はそれが紐の結び方に応用できるなんて思いもしませんでした。

ですが実際、数学は物理学の礎であることからわかるように、
かなり多くの事柄の基礎となっていると言われています。
そしてそれは実際そうなんだろうなと、
たくさん数学に触れることによって実感が湧いてきました。

建築、食品、金融、教育etc…
みなさんが想像しているよりはるかに広く深いところまで、
数学というものは日常生活に溶け込んでいます。
そして、まだまだこの先もたくさんのことが判明し、
それが私たちの実生活をより良いものにしていくことでしょう。

このようなことが少しでも実感できてくると、
数学に対する見方や興味の持ち方も変わってくるのではないでしょうか。
興味や好奇心を持って勉強することは、何よりも大きな武器になります。
数学をただの単純作業として済ませないよう、
受験生の皆さんも少し意識を変えたところから、
数学というものを捉えてみてくださいね。

名古屋大学理学部数理科学科 山下龍星

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St.メプレスのホームページ

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プリティ中野の書評 山本兼一著『信長死すべし』

山本兼一は僕の同志社文学研究会時代の仲間である。
今年の2月13日、僕の誕生日に彼は肺がんで他界した。
最後の原稿を中央公論の編集者に送稿した5時間半後に息を引き取ったのだった。
彼は骨太の歴史小説をいくつも遺していった。
まだ生き残っている僕は彼の作品を語り続けたい。
セント・メプレス発足時に推薦文を書いてくれた恩義に応えるためにも。


歴史上の事実を透視して

隠れているその真実を虚構の中に抉り出すという

歴史文学の生命線が骨太に貫かれている力作である。

本能寺の変の要因には諸説あるが、光秀が信長を討ったという事実は動かない。

ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら

歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

その悦びを共有する一人として

まだ手にしておられない全ての方に本作を薦めるものである。


120720_1051~01

山本兼一からいただいた推薦文

中野俊一氏は、わたしの同志社大学時代の先輩である。
わたしと中野氏は大学の文学研究会に所属していた。
わたしが二年になったとき中野氏は、その会の会長になった。
文学研究会は、学術団体でありながら、無頼を気取る輩が多かった。
そんななかにあって、中野氏はめずらしく情熱と責任感にあふれた人材であった。
だからこそ、自尊心の高い会員たちから請われて会長に就任したのである。
そんな中野氏がこのたび新しく塾を開くという。
その名はセント・メプレス。
中野氏が開く塾ならば、さぞや熱気にあふれ、
塾生は激しく切磋琢磨されることであろう。そう信じてやまない。

yamamoto.jpg
在りし日の山本兼一



あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉



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未来の医師養成講座
愛知医科大学理事長三宅養三先生からご推薦をいただきました。


講師:吉田統彦(つねひこ)先生




東海高校を経て名古屋大学医学部、同大学院卒業。
米国ジョンズ・ホプキンス大学ウィルマー・アイ・インスティテュートにて勤務。
眼科医。医学博士。愛知医科大学医学部客員教授。昭和大学医学部客員教授。
名古屋大学医学部非常勤講師。名古屋医療センター非常勤医師。前衆議院議員。

講義内容/日米の医療の比較を通じて、現代日本の医療問題を、毎回テーマを変えながら鋭くえぐりだし、医師をめざす受験生の使命感を、インテリジェントにそしてパッショネートに鼓舞します。このコースはまた医学部入試の面接試験での発言能力や小論文の背景知識を涵養することにも力を注ぎます。

2015年全9回コース
(4月~12月につき毎月1回/すべて月曜日20:30~21:50)

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AMU友理恵の女医玉物語1

中野プリティ

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初めまして!

浜北高校を卒業した後、セントメプレス初の寮生として1年間お世話になり、

今年愛知医科大学医学部に入学した西澤友理恵です!

これから皆さんに愛知医科大学での私の生活を

少しずつご紹介していけたらいいなと思います。

どうぞよろしくお願いします(^○^)



四月四日。

愛知医科大学入学式。

いよいよ私の大学生活が始まりました。

前日まで降り続いていた雨も止んで、入学式日和です。

ゆりえ2
父と母と。終始一貫して私の受験をサポートしてくれた二人には心から感謝しています。

式では三宅理事長や学部長の先生、

在校生の先輩からお話を頂き、

やっと医学生になったんだなぁという実感がじわじわと湧いてきました。

ちゃんと新しい友達ができるか心配していた私でしたが、

式の後の立食パーティーでは、

沢山の友達や保護者の方とお話しし、

交流を深めることができました。

去年セントメプレスで共に勉強した大石紘之君とも写真を撮ってもらいました。

ゆりえ1

入学式が終わるとすぐにオリエンテーション合宿が始まりました。

友人同士の交流を深めるのはもちろんですが、

愛知医科大学ならではだと思ったのは、

きら星☆セッションという時間で

臨床の先生約10人ほどに集まっていただき、

それぞれの科の特徴や魅力について話してもらう機会があったことでした。

入学早々臨床に興味を抱くことができ

医学生としての自覚一段と強まったと思います。


そしてオリエンテーション合宿の後には部活の新歓期間が始まりました。

新歓については、次回のブログで話させてもらおうと思います!

それでは今日はここらへんでお別れです

次号もまた見てくださいね~(^_-)-☆






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単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

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読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

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在りし日の山本兼一



あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

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眼科医。医学博士。愛知医科大学医学部客員教授。昭和大学医学部客員教授。
名古屋大学医学部非常勤講師。名古屋医療センター非常勤医師。前衆議院議員。

講義内容/日米の医療の比較を通じて、現代日本の医療問題を、毎回テーマを変えながら鋭くえぐりだし、医師をめざす受験生の使命感を、インテリジェントにそしてパッショネートに鼓舞します。このコースはまた医学部入試の面接試験での発言能力や小論文の背景知識を涵養することにも力を注ぎます。

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安達雄大の受験雑考 その八

中野プリティ

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「最近の若者は、本を読まないからダメだ。」
「活字離れが若者の思考能力を低下させる。」
「映像ばかり見ているから、想像力が低下する。」

こんな言説を声高に叫ぶ方々に、
偶然にも立て続けにお会いしたので、
正直言って萎えているところ。
さすがにもう下火になっていただろうと思っていた幻想が、
いまだに元気で、あまつさえ若者に影響を与えているのを見て、愕然とした。
 
というわけで、あちらこちらで再三言われているものに僕なりの見解も交えつつ、
「活字信仰」がいかに「幻想」であるかを、あらためて書いておく。

第一に、「世代の一般化」だ。
「最近の若者は・・・」という言説には、
「我々の世代(年配世代・・・とでも呼べるか?)は、活字を読んできた」という前提がある。
そういう言い方をする人には、
「活字を読む/読まない」が「個人」を単位とした話であるという発想が、欠落している。

「あなたの世代」が活字を読んでいたのではない。
「あなた」が活字を読んでいたのだ。
「あなた」の同い年がみんな活字に親しんでいたというのは、幻想だ。

また、「最近の若者」が活字を読んでいないのではない。
あなたの前に現れた「その若者」が読んでいないだけだ。
「その若者」と同じ年齢層の全員が活字に無関心なわけではないし、
だいいちそんな一般化ができるわけがない。

僕が見ている生徒さんの中には、ガツガツ活字を楽しんでいる子はたくさんいる。
読む子は、ちゃんと読んでいる。
僕よりも読んでいる(・・・あ、僕が読んでいないだけか・・・)。

なお、後で述べるように、
今言った「活字を読んでいない」という勘違いは
「活字を読んでいない者は愚かだ」という勘違いとは切り離して考えてほしい。
ここには二重の勘違いがある・・・そう僕は思っている。

第二に、「メディアの多様化の無視」。
かつては、活字しかなかった。
だから、活字への態度は「読む」「読まない」の二択だった。

次に、テレビが普及した。
それからは、活字への態度は「読む」「読まない」「映像で活字の代替をする」の三択になった。
「活字信仰」に浸っている人が攻撃の対象にするのは、「映像で活字の代替をする」人たちだ。

ところが、時代は更に別の段階に移ってもう久しい。
インターネットの普及により、人がものを受容する際のメディアの種類も多様化した。
それとは別のところで、マンガが市民権を得てきた。
映像技術の高度化によって、映画が前に出てきた。
映画に馴染めない人たちが、
映画とマンガの延長線上でアニメの形式を整えつつあるのが現在だ。

こうなってくると、「活字に親しんでいる」ということの重要性も、
その意味自体も、メディアの多様化以前と以降で大きく変わる・・・
そう言わざるをえないはずだ。

「活字」が「中心」、「映像」が「周縁」・・・そんな「活字中心主義」も、
「活字・オア・テレビ」という時代には有効だったかもしれないが、
同じ論理を現代にはあてはめることはもうできない。
多様化以前の「活字を読む/読まない」と多様化以降の「読む/読まない」とでは、
同じ次元で云々できる話ではない。
だから、「最近の若者は本を読まない」と嘆く人を見ると、
いつも心の中で、「だからなんだ?」と思ってしまう。

安達雄大1
だから何なんだ?

第三に「活字絶対の発想」だ。
「活字であること」自体が「善」として固定されているから、
「活字でないこと」がもはやそれだけで「意味のないもの」に括られている。
「若者が活字を読まない」と勘違いしているのに加えて、
「活字じゃないものは次元が低い/意味がない」とも勘違いしているので、
おのずとその人の頭の中では、「活字を読まない者は愚かだ」という言説が演繹される。
典型的な「若者」なるものへの偏見だ。

「マンガは活字より低次元」という発想は、
マンガ世代に属さない人たちに特有の幻想でしかないと思う。
『デス・ノート』よりもアッサリ読めちゃう小説はたくさんあるし、
一色登希彦の『日本沈没』より低次元な活字なんて数え切れないほどある
(・・・と、僕の大好きなマンガをそれとなく紹介しておく)。

最近、奇跡的にできた仕事の隙間を利用して、
ずっと見られないままにしてあったガンダムのOVAを見た。
泣けて泣けて・・・もう号泣だった。
号泣しすぎて、粘膜が傷ついて鼻血が出た。
おそらく、漱石を読んでも鼻血は出ないと思う。
少なくとも、漱石で鼻血が出たとしても、
それはガンダムの時と同じ種類の鼻血ではないと思う。

「映像が想像力を奪う」もウソ。
映像や音声で味わったものが、
徐々に徐々に蓄積され、ある事柄についてのイメージの母体になる。
映像や音声は想像・イメージの「語彙」になる。
それを一切持たない人間の想像は、
理論上はどこまで行っても想像・イメージではなく「概念」だ。

ついでに言うと、「若者が活字を読まないから学力が下がった」というのはもう完全なウソだ。
「若者がオバカになった」のは、
「活字離れ」のせいではなく「若者」が通う大学の構造がおかしくなったせいだ。

 ・・・とまぁ、「本」「活字」しか見えない人々について、
思うこと感じることをぶつけました。
ちなみに僕は、活字は大好きです。
この事実は、ここに書いてきたこととは矛盾しないと思います。
要するに、面白いものはメディアを問わず好きなので、
活字主義者に違和感を抱いている・・・ただそれだけです。

安達雄大  2015年04月27日 記






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マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

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最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら

歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

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文学研究会は、学術団体でありながら、無頼を気取る輩が多かった。
そんななかにあって、中野氏はめずらしく情熱と責任感にあふれた人材であった。
だからこそ、自尊心の高い会員たちから請われて会長に就任したのである。
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中野氏が開く塾ならば、さぞや熱気にあふれ、
塾生は激しく切磋琢磨されることであろう。そう信じてやまない。

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在りし日の山本兼一



あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

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ドラゴンスター山下の数学物語22

中野プリティ

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みなさんこんにちは!
ドラゴンスター山下です。

山下ドラゴン2

今からおよそ一年ほど前に開始した数学物語も、20回を突破し、
振り返ってみるとこれまで多種多様な話題を取り上げてきました。

今回は、久しぶりに私自身の体験についての話をしたいと思います。
話のテーマは『夢の大切さについて』です。

いま、みなさんは将来の夢というものを持っていますか?

私にはいま、
『予備校の講師として、関わった多くの生徒達の人生を動かしていく』という大きな夢があります。

毎日大学に通って難解な数学の講義を受けているのも、
チューターとしてセントメプレスに勤務させていただいているのも、
この大きな夢を叶えるためです。

もしこの夢がなければ、、、難しい数学の講義を努力して理解していくのは厳しいだろうし、
アルバイトも辞めてしまって、家でぐだぐだ過ごしているかもしれません。

このように、夢にはその人自身の生活を、
もっと言えば人生を、動かすことのできる力があるのです。

もし夢や目標がなければ、人は堕落していきます。
逆に夢や目標があれば、人は一気に輝き始めます。
なぜそのようなことが言えるのでしょうか。
それは私自身が実際に夢の大切さを痛感してきたからです。
今回は、そのことについてお話ししようと思っています。

話は私の高校時代にさかのぼります。
高校生の頃の私には、夢どころか将来のビジョンさえありませんでした。
中学時代、特になりたい職業もなく、なんとなくで選んだ普通科の高校。
自分の中では、進路選択を三年先に延ばしたつもりでした。
しかし、無情にも学習カリキュラムは一年生の終わりにはもう私たちに文理選択を迫ってきます。
当時英語が一番得意だった私は、なんとなくで文系を選択しました。

しかし、当時の担任の先生がこう言いました。
『あなたには数学をはじめとする理系科目の方が向いているんじゃない?
私の経験上男の子は、文系を選んでも理系に行きたかったと言い出す人が多いのよ。
よかったらあなたも理系にしなさいよ』

私は本当は文系に行きたかったのですが、
先生のこの提案を断ることができませんでした。
それはなぜか。夢がなかったからです。
目指すものや目的のない自分には、理系を拒否する理由もなければ、
文系でなければならない理由もなかったのです。

そして、半ば不本意に、流れに身を任せて、将来の選択をしました。
半ば不本意だと思いながらも、周りの流れに身を任せる方が楽だったのです。
私は、どこかでこのままじゃいけないという思いや、少しの焦りを感じていました。

しかしながら、このような自分の迷いを、時間は待ってくれませんでした。
高校3年生になると、たくさんの模擬試験が行われます。
模擬試験につきものなのが、受験届の記入、すなわち志望校を書くことです。
私には夢がなかったので、もちろん志望校も決まっていませんでした。
うちの高校では、上位者は名古屋大学に進むというのが定番でした。
なので私はとりあえず、『名古屋大学』と書いていました。

学部は理学部にしていました。
工学部は工場のイメージ、農学部は畑のイメージがあり、
どちらも楽しそうには思えなかったので、間をとって理学部と書いていました。

今思うと呆れるほど安易な決め方ですね。。
おそらく、これほどまでに理系の学部に関心がなかったのは、
自分が接客業や対人の仕事にしか興味がなかったからなのかもしれません。

私がなんとなくで名大理学部を第一志望にしていることは、
担任の先生にも伝わっていたようで、夏ごろに以下のような提案をされました。

『夢がないなら医者を目指してはどうだろうか。
自分の友人に何人か医者がいるが、もれなくやりがいを持ち、良い暮らしをしている。
少なくとも、後悔することはないはずだ。』

私にとってこの提案はまさに寝耳に水でした。
今まで自分が医者になることなど想像すらしていなかったからです。
しかし、担任の先生は本気でした。直接知り合いのお医者様を紹介してくださったり、
地域枠推薦の話を持ち掛けてくれたり。
私も少しずつ調べていくなかで、医者という職業に魅力を感じ始めていました。
しかしながら、私はそれを夢にすることが出来ませんでした。
医者という職業を身近に感じられなかったこともありますが、
一番は自分の決断力の無さが原因だと思います。
『自分のように元々医者を志していない人間が、本当に他人の命を預かって良いものか』

そればかりをずっと考えていました。
そして決断できないまま、センター試験を迎えます。
医学科進学を選択した場合の為に、
センター対策を中心に勉強していた私の結果は87%。

三重大医学部医学科はC判定でした。
それに対し名古屋大学理学部はA判定。
私はC判定のリスクを冒すほど、医者という職業へのこだわりがなかったため、
名古屋大学理学部のセンター推薦を選びました。
結局ここでも流れに身を任せ、
名古屋大学理学部をなんとなく選択してしまった形となりました。

しかしこの選択に関しては、今思えば賢明だったと思います。
セントメプレスで働く中で、
医師になるためには強い覚悟や志が必要だと学んだからです。

ここまでが私の高校時代です。
周りから見れば、外面はそれなりに華々しい経路だったのかもしれませんし、
自分自身もそう信じていました。
しかしながら、自分の将来にしっかり向き合わず、
常に先送りにしてきたことのツケというものは確実にたまっていて、
このとき既に破裂寸前だったようです。

(続く)

山下ドラゴン1

名古屋大学理学部数理科学科4年 山下龍星




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歴史上の事実を透視して

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さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

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最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

山本兼一が創出する本能寺の変と交感し

描かれる無明の中に自分自身の座標を求めることができるなら

歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

その悦びを共有する一人として

まだ手にしておられない全ての方に本作を薦めるものである。


120720_1051~01

山本兼一からいただいた推薦文

中野俊一氏は、わたしの同志社大学時代の先輩である。
わたしと中野氏は大学の文学研究会に所属していた。
わたしが二年になったとき中野氏は、その会の会長になった。
文学研究会は、学術団体でありながら、無頼を気取る輩が多かった。
そんななかにあって、中野氏はめずらしく情熱と責任感にあふれた人材であった。
だからこそ、自尊心の高い会員たちから請われて会長に就任したのである。
そんな中野氏がこのたび新しく塾を開くという。
その名はセント・メプレス。
中野氏が開く塾ならば、さぞや熱気にあふれ、
塾生は激しく切磋琢磨されることであろう。そう信じてやまない。

yamamoto.jpg
在りし日の山本兼一



あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

                               ~アメリカ・インディアンの言葉



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愛知医科大学理事長三宅養三先生からご推薦をいただきました。


講師:吉田統彦(つねひこ)先生




東海高校を経て名古屋大学医学部、同大学院卒業。
米国ジョンズ・ホプキンス大学ウィルマー・アイ・インスティテュートにて勤務。
眼科医。医学博士。愛知医科大学医学部客員教授。昭和大学医学部客員教授。
名古屋大学医学部非常勤講師。名古屋医療センター非常勤医師。前衆議院議員。

講義内容/日米の医療の比較を通じて、現代日本の医療問題を、毎回テーマを変えながら鋭くえぐりだし、医師をめざす受験生の使命感を、インテリジェントにそしてパッショネートに鼓舞します。このコースはまた医学部入試の面接試験での発言能力や小論文の背景知識を涵養することにも力を注ぎます。

2015年全9回コース
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  1. 2015/05/07(木) 00:00:01|
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はじまりはいつも夢

中野プリティ

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※文中、英文が出てきますが、これは大学受験生への英語指導の一環ですので、ご容赦ください。

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Grasp your dream!

エジソンやライト兄弟の例を挙げるまでもなく

およそどのような偉業も

はじまりはいつも夢なのだ。


淡い夢なのだ。


淡い夢の源は満たされぬ現実。


今のままではいやだという思いが理想を育み

それが泡沫の如く消えることなく

徐々に結晶化し

他人からは

You're nothing but a daydreamer.
(君は夢想家に過ぎないよ)


などとからかわれようと

He is what is called an eccentric.
(いわゆる変人だね)


と陰口を叩かれようと

しぶとく夢をあたためつづけ

しだいに具体的な希望へと育んで

足りない条件を探すより

今ある条件をフルに活用して

足りない条件を一つひとつ作り上げていく者が

夢を実現するのである。


すべては夢から始まるのだから

夢見ることを恐れてはいけない。

変化を恐れてもいけない。

何も変化させないで夢を実現できるわけがないから。


夢見ることを恐れない。

当然変化を恐れない。

それは若さというものの普遍的な特質なのだ。


逆に言えば夢のある限り

変化を恐れない限り

人はいくつになっても青春の真っただ中なのだ。


ORE.jpg


The future belongs to those who believe in the beauty of their dreams.

自分の夢は美しい~その信念を抱く人たちが未来をつかむのです。

エレノア・ルーズベルト(米国のファーストレディ、人権活動家 / 1884~1962)







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プリティ中野の書評 山本兼一著『信長死すべし』

山本兼一は僕の同志社文学研究会時代の仲間である。
今年の2月13日、僕の誕生日に彼は肺がんで他界した。
最後の原稿を中央公論の編集者に送稿した5時間半後に息を引き取ったのだった。
彼は骨太の歴史小説をいくつも遺していった。
まだ生き残っている僕は彼の作品を語り続けたい。
セント・メプレス発足時に推薦文を書いてくれた恩義に応えるためにも。


歴史上の事実を透視して

隠れているその真実を虚構の中に抉り出すという

歴史文学の生命線が骨太に貫かれている力作である。

本能寺の変の要因には諸説あるが、光秀が信長を討ったという事実は動かない。

ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

無明のカオスの中で人間は蠢き

その蠢きの一つひとつを糸として

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合格体験記~友理恵の場合

中野プリティ

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この度、愛知医科大学と藤田保健衛生大学、金沢医科大学に合格させていただきました、
浜松北高校出身の西澤友理恵です。
微力ではありますが、これから私が話させていただくことが少しでも皆さんの参考になればいいなと思います。

私が今から振り返って、勉強をする上で大事だなと思うことは色々ありますが、
それらは全て「信じる」という言葉で言い表せます。

まず一つ目は自分がやっていることを「信じる」ことです。

自分のやっていることを信じる。
安心を求める必要のないくらい信じ切ることです。
勉強に熱心になればなるほど、自分の勉強のあり方に安心を見出そうとしてしまうのが普通です。
私も、勉強は切り替えを大事にして量より質を重視するべきだと分かってはいましたが、
ある時、1日に14時間勉強しようとしたことがありました。
(私の体力的に不可能なのに) 確かに「私は1日14時間も勉強しているんだ」と思うことは
一時的な安心には繋がりましたが、
睡眠不足で朝からウトウトして授業にも集中できず、結局3日と続きませんでした。
私は、この失敗は自分が自分の勉強内容を信じることができず、
内容よりも明確に表れる数字で自分の頑張りを表現して
安心しようとしたことが原因だと思います。

また、私は、受験勉強は内容が膨大なわりに総学習時間は短いので、
全ての分野を完璧にすることは事実上不可能だと思います。
そのため、追求しきれない領域が出てきてしまうのは必然であり、
どこを捨てるか(つまり勉強しないでおくか)を決めることが
受験勉強を進める上で一つのポイントになってくると思います。
安心を求めて勉強する傾向の強い人にとって、
これはとても辛いことですが、
それはしかたのないことなのだと開き直って勉強しない箇所を正しく見極め
(例えば、ほとんど出てこない細かい知識を覚えるのを止め、基本的な知識を確実にする)、
自分がやってきた勉強を信じることができれば、
落ち着いて、かつ効率良く勉強できると思います。

二つ目は自分が置かれている環境を「信じる」ことです。

今自分が通っている塾、教えてもらっている先生が自分をきっと伸ばしてくれると信じて疑わないことです。
同じ授業を受けていてもそう思うのと思わないのでは
吸収率にかなりの差が生じると思います。
焦りや不安で自分勝手になってしまう時もあると思いますが、
塾や先生、塾や寮に通わせてくれている親に
感謝の気持ちを忘れないで勉強することが大事だと思います。

そして最後に、自分を「信じる」ということです。

自分を信じる、自信を持つ、ということは一年を通して私の一番のテーマであり、
最も難しいことでした。日々色々と苦悩して感じた結果言えることは、
あくまでも自論ですが、受験生である期間、
本当に自分を信じて自信を持てるなんて日は絶対に来ません。

そもそも受験生として本当の自信を持とう!持たなきゃ!と思うこと自体、
私のような人間には辛く、自分に自信を持てないことがさらに自信を失っていく原因となってしまうのです。
ここで注目すべきは「本当の」という言葉です。
本当の自信なんて絶対持てません。

そこで私が思う持つべきものは「偽りの」自信です。
もっと具体的に言えば「根拠の無い自信」であり、
それはどちらかと言うと「開き直り」に近いものがあります。
「誰よりも努力した、とか、もうやり残したことは無い、なんて全く思わない。
思わないけど、自分はなぜか絶対に大丈夫」
その傲慢な気持ちが実は大事です。(特に受験直前期)

ふざけていると思われるかもしれませんが、
これがずっと自分に自信が持てなかった私が悩んだ末に出した結論であります。

もちろん、そんなことしなくても無理なく本当の自信を持てる人はそれが一番良いですが。

個人の見解から言えば、無理をして持つ根拠のある自信は、
持つのが難しい上に非常にもろいです。自分に自信が持てない、
と悩んでいる人は「本当の」自信が持てるまでは、
とりあえず「偽りの」自信を持ってみてはいかがでしょうか?

このように、私が今にして思う勉強する上で大事なことを
偉そうに言わせて頂きましたが、
このほとんどが私自身の反省であり、
実践に受験期にできたものはほんの一部だったと思います。
それでも私が何とか受かることができたのは、
いつも情熱的で誰よりも生徒想いの中野先生を初めとする
セントメプレスの先生方のおかげだと思います。

辛い時や悲しい時、悔しい想いをする時も沢山ありましたが、
この1年間は自分の夢のために勉強できる本当に幸せな日々でした。
この1年間をセントメプレスでお世話になることができて本当に良かったと思います。
中野先生やセントメプレスのお世話になった先生方に心から感謝を申し上げたいと思います。

また吉田統彦先生にはメディカル・レクチャー(未来の医師養成講座)などで特にお世話になりました。
メディカル・レクチャーで、
普通の医学部受験者が聞けないような医療に関係する専門的な講義を拝聴することができたお蔭で、
自分の医療への関心を高めて現在の日本や世界の医療への考えを深め、
よりモチベーションを高めて医学部への勉強をすることができました。
勉強が大変でも、それでもやはり医学部に行きたい、
と思い続けることができたのはメディカル・レクチャーのおかげでもあると思います。
セント・メプレスでご縁をいただいた吉田先生、本当にありがとうございました。

西澤

ご両親に伴われて浜松からやってきた西澤友理恵ちゃん。初めて会った時の僕を射抜くような強い眼差しは今でもよく覚えています。不安と懐疑心、そして希望が複雑に入り混じっていたのでしょう。約1時間の入会面談の間、彼女は一度もその硬い表情を崩すことはありませんでした。あれから1年、打って変わってこぼれるような微笑みを満面に浮かべて卒塾する彼女を見送ることができ心から嬉しく思います。慣れない寮での人生初めての一人暮らしで心細いことも多々あったでしょうし、実際よく泣いていましたが(笑)、たとえどんなに体調の悪い時でも、なんとしても医師になるのだという強い意志の光がその瞳から消えることは一度もありませんでした。その努力、そしていい意味で開き直りができる度胸のよさに、僕は心からの拍手を贈ります!本当によかったね!おめでとう(*^。^*)





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プリティ中野の書評 山本兼一著『信長死すべし』

山本兼一は僕の同志社文学研究会時代の仲間である。
今年の2月13日、僕の誕生日に彼は肺がんで他界した。
最後の原稿を中央公論の編集者に送稿した5時間半後に息を引き取ったのだった。
彼は骨太の歴史小説をいくつも遺していった。
まだ生き残っている僕は彼の作品を語り続けたい。
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歴史上の事実を透視して

隠れているその真実を虚構の中に抉り出すという

歴史文学の生命線が骨太に貫かれている力作である。

本能寺の変の要因には諸説あるが、光秀が信長を討ったという事実は動かない。

ならば光秀の心の天秤を主君弑逆に傾けさせたベクトルが

単一であれ、複数ベクトルの合力であれ

普遍の人間性をキャンバスにしつつ山本の雄渾の筆致で本能寺が描かれれば、

読者は自ずと、光秀は言うに及ばず、信長や帝

さらには近衛前久を始めとする公卿と交感するのである。

時間と空間を超越する地下茎で繋がれた端末が個々の人間とするなら

マザーコンピュータが奈辺にあるのか。

その所在を垣間見せる力量こそが作家の力量であり

その意味で山本兼一は最もマザーコンピュータに肉薄した端末なのであろう。

― 光秀の魂は、そのまま深い闇の奈落に落ちていった。

最終章『無明』のエンディングである。

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壮大な人間の歴史が紡がれていく。

事件から430年が経過した今

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歴史小説読者として、至福の悦びとなるだろう。

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120720_1051~01

山本兼一からいただいた推薦文

中野俊一氏は、わたしの同志社大学時代の先輩である。
わたしと中野氏は大学の文学研究会に所属していた。
わたしが二年になったとき中野氏は、その会の会長になった。
文学研究会は、学術団体でありながら、無頼を気取る輩が多かった。
そんななかにあって、中野氏はめずらしく情熱と責任感にあふれた人材であった。
だからこそ、自尊心の高い会員たちから請われて会長に就任したのである。
そんな中野氏がこのたび新しく塾を開くという。
その名はセント・メプレス。
中野氏が開く塾ならば、さぞや熱気にあふれ、
塾生は激しく切磋琢磨されることであろう。そう信じてやまない。

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在りし日の山本兼一



あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いていたでしょう。

だからあなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生をおくりなさい。

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東海高校を経て名古屋大学医学部、同大学院卒業。
米国ジョンズ・ホプキンス大学ウィルマー・アイ・インスティテュートにて勤務。
眼科医。医学博士。愛知医科大学医学部客員教授。昭和大学医学部客員教授。
名古屋大学医学部非常勤講師。名古屋医療センター非常勤医師。前衆議院議員。

講義内容/日米の医療の比較を通じて、現代日本の医療問題を、毎回テーマを変えながら鋭くえぐりだし、医師をめざす受験生の使命感を、インテリジェントにそしてパッショネートに鼓舞します。このコースはまた医学部入試の面接試験での発言能力や小論文の背景知識を涵養することにも力を注ぎます。

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  1. 2015/05/03(日) 00:00:01|
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納得をゴールにすること。

中野プリティ

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勉強の目的は自己拡大と自己深耕

二つ合わせて自己成長

そして社会貢献

最終的には自己の普遍化であり

そのことによる他者への教化(本来的な意味において)ではないのかな。

そう思う近頃の僕ではあるのだが

そこまで大上段に構えず

ぐーと目線を下げて行って

受験生にとって日々の学習の目安ということで言えば

「納得」がゴールであるべきではないだろうか。


言い換えれば原理をつかむということだ。

これなしには応用がきかない。


応用がきかないというのは

たとえて言えば

フライパンで目玉焼きしかつくれないというようなものである。

フライパンは目玉焼きのためだけにあるというがごとしである。


フライパンがあればつくれるのはなにも目玉焼きに限った話ではない。

そんなのは

エジソンは偉い人

というのと

同じくらいタッタタラリラの常識である。


つまりフライパンを熱して

油をひき

そこに生玉子を落としてしばらく待てば

目玉焼きができるということに

「フライパンで焼く』ということの本質を見出すことができれば

つまり原理を把握できれば

料理のバリエーションは一気に増えるのである。


これを一点突破全面展開と言う。


それなりのレベルにある運動選手なら

自分が専門にしていない競技種目であっても

コツをつかむのが早く上達のスピードも高いものだ。


自分が納得するまで学ぶことで頭脳の性能がどんどん高まるのである。

受験勉強はよく大学に進んで以降役に立たないような

知識ばかり詰め込んでいると

批判されることも多いのだが

どっこい問題の本質は別にあって

大学に進んで以降役に立つように頭の性能を磨いているということなのだ。

だからその意味でも納得するまで

なんらかの原理を抽出できるまで

目の前の一問に取り組むことが大切だ。


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だから一問入魂なのだ。





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名古屋千種駅前の医学部&名門難関大専門塾セント・メプレス学長。元大学受験ラジオ講座講師。

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