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プリティ中野の一問入魂

元大学受験ラジオ講座講師プリティ中野が医学部・難関大受験生に贈るエール

『吉田つねひこの医気軒昂~医学部を志す若者へ』 日本の医学と医療の年表 :その3 後藤新平、愛知医学校での足跡~そして官僚へ~


『吉田つねひこの医気軒昂~医学部を志す若者へ』
日本の医学と医療の年表
:その3 後藤新平、愛知医学校での足跡~そして官僚へ~


ローレツの去った直後の明治13年(1880年) 5月に校長心得(月給60円)、
翌14年(1881年)10月19日に、
改称された愛知病院および愛知医学校の院長兼校長となった後藤新平は
前校長である横井信之の方針を承け、
高給の外人教師を排し、日本人教師を雇用する人事に踏み切った。

これは明治6年(1873年)5月に文部省布達「外国教師ニテ教授スル」により
月給400ドル3年契約で教師に迎えられ、
本邦初といわれる火傷への植皮手術を行い、
同校最初の学術書『原生要論』を記したヨングハンスそして
恩師ローレツと続いた御雇い外人時代への訣別でした。

その後は東京大学卒業の
鈴木孝之助、奈良坂源一郎、熊谷幸之輔、小倉開治らを一等教諭に擁し、
ローレツの遺産である4年制度カリキュラムに加えて
体系的階梯「総論、各論」を加味した新カリキュラム(明治14年改訂)は
「医学校通則」の求める基準(1:学科目 2:修業年限 3:授業日数 4:東大卒医学士数)に関して
一部自然科学科目を除き、全てを充分に満たしていました。

明治16年1月に同校を卒業すれば医師開業免状が得られる
甲種医学校の認可を容易に獲得できたのは
これらのローレツの築いた教育体制と
後藤の教諭人事とが基盤にあったからに他なりません。

同院及び同校の院長兼校長の辣腕を振るう後藤は
日本陸軍軍医であり草創期の軍医制度を確立した石黒忠悳
(森鴎外の上官としても有名。
石黒は後の相馬事件の際も長与とは異なり、
後藤を見捨てず後ろ盾となり、
児玉源太郎による失脚した後藤の復職を後押しする)
に認められたことに加え、
前項で述べたように後藤は内務省衛生局長長与専斎にあてて
衛生行政に関する意見書「愛知県ニ於テ衛生警察ヲ設ケントスル概略」を送り、
長与の眼にもとまり明治16年(1883)1月25日
内務省御用係 准奏任取扱(月俸100円)衛生局照査係副長として
長与局長の下の内務省に入省し、
官僚としての道を歩み始めることとなります。

その後の後藤は衛生行政思想を行政の中に身を置いて実践していくこととなります。
また後藤はこの年の9月に恩人でもある安場保和の二女、和子と結婚しています。
後藤は後に伴侶について
「一生に一人の人にめぐり逢えれば、残りは生きていけるものですよ」とも述べています。(続)

元衆議院議員 医師 吉田統彦拝



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プリティ中野


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名古屋千種駅前の医学部&名門難関大専門塾セント・メプレス学長。元大学受験ラジオ講座講師。

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